一昨年、僕は侍ジャパンの前監督・小久保裕紀氏に集中的にインタビューを行った。その際に、小久保氏は「WBCでは中村をレギュラー捕手にするつもりだった」と語っていた。侍ジャパン監督時代の思いをまとめた『開き直る権利』(朝日新聞出版)から、中村について言及した部分をご紹介したい。
プレミア12の時点で、僕の頭の中には「WBCの正捕手は中村だ」という思いがありました。15年のヤクルトの優勝に貢献し、そのまま成長すれば17年のWBCでは名実ともに侍ジャパンの正捕手にふさわしいと考えたからです。
しかし、16年シーズンが絶不調に終わり、残念ながら代表入りの芽は消えてしまいました。とは言え、肩の強さ、スローイングの正確さなど実力は折り紙付きです。バッティングだって、決して悪くありません。ぜひ中村には、20年の東京オリンピックの正捕手奪取に向けて、さらなる精進を期待しています。
日本代表監督でさえ「実力は折り紙付きだ」「東京オリンピックの正捕手」も狙えると語っているキャッチャー、それが中村悠平なのだ。
今は、とことん悔しさをかみしめるとき
今季のヤクルトは、確かにふがいない試合が続いている。かつて、拙著『いつも、気づけば神宮に』(集英社)で「負けグセの系譜」という文章を書いたときに、当時評論家だった宮本慎也現ヘッドコーチにインタビューをした。その際の言葉が頭をよぎる。
「強いときというのは投手と野手との信頼関係がしっかりしているものなんです。でも、たとえば古田さんの2年目(07年)、そして小川さんの最後の年(14年)なんかは7回までリードをしていても、終盤でひっくり返される場面が結構ありました。そうなると、どうしても信頼関係が悪くなってくる。野手は“一体、何点取れば勝てるんだよ”と思うし、一方の投手は好投していても、点が取れないときには“普段は打っているくせに、どうして今日は打たないんだよ”という気持ちになるかもしれない。口には出さなくても、そういう雰囲気は伝わりますよね。それではチームとしてはいい状況にはならないですから」
宮本さんの言う07年、そして14年はともに最下位となっている。「負けグセ」のきっかけとは、実はそんな些細なところから生まれるのかもしれない。そして、まさに今年こそ、この状況に当てはまるのではないか? 勝手な想像ではあるけれど、今季のスワローズベンチ内には、先の宮本氏の発言と同じ状況にあるような気がしている。
そして、投手陣と野手陣との板挟みでもがいているのが中村なのではないかと、僕は想像している。四面楚歌、そして孤立無援。それが、今の中村なのではないか? 来季以降のことを考えると、残り試合は松本や古賀にチャンスを与える機会が増えていくのかもしれない。けれども、中村がここまで積み上げてきた実績と存在感は決して揺るがない。他球団を見渡してみても、中村は指折りのキャッチャーだと、僕は思っている。
とにかく、今はこの悔しさと苦しみをとことん噛みしめてほしい。臥薪嘗胆、この思いがエネルギーとなり、さらなる飛躍のときがやってくる。今はそう信じて、試合に臨んでほしい。そして、僕はそんな中村を見守っていたい。現在、目の前にそびえたつ強大な壁をぶち破ったとき、そこにはどんな風景が待っているのか? かつて、古田敦也が見たまばゆいばかりの光景を、ぜひ中村にも見てほしい。それこそが、僕の「一生に三度目のお願い」なのだ。
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