ゆっくり言葉を交わしたのは実に1年ぶりだった。まだ19歳の少年は野球小僧でありながら立派な“プロ野球選手”になっていた。この1年で野球に対する考え方が大きく変化し、一気に大人になった気がした。それは広島カープという球団で最高に恵まれた環境のもとルーキーイヤーを過ごすことができたからだった。シーズン序盤に漏らした弱音。それも6月のある出来事を機に封印された。早くも来季へ向けてトレーニングを続けている、地元・兵庫でプロ野球選手としてのファーストイヤーをゆっくりと振り返ってもらった。
これまでの野球人生で最も悩んでいた時期
小園海斗は昨年のドラフト会議で4球団から1位指名され藤原恭大(ロッテ)、根尾昂(中日)らとともに大注目された。終わってみればファーストイヤーから1軍で出場機会を多く得たのが小園だった。広島の高卒野手初の開幕1軍でプロ野球のファーストシーズンをスタート。3連覇中のチームではなかなか出場機会はなく、開幕カードの3月31日に登録抹消。再昇格は6月20日のロッテ戦だった。1番・遊撃で初スタメンに座ると、球団の高卒新人野手では前田智徳氏以来29年ぶりとなるプロ初打席初安打を記録した。華々しいデビューとなったが、本人の心中は穏やかではなかった。高卒ルーキーなのだから当たり前だが、これまでの野球人生で最も悩んでいる時期でもあった。
そもそも2軍での結果も散々だった。1軍デビューの2週間前、「結果がでない」と落ち込んでいた。小園の違うところはそう言いながらも「野球自体は楽しい」とすぐに付け加えたことだ。プロの世界に入るとどうしても結果にとらわれすぎるため、野球が楽しいという感覚を持つことが難しくなったりもする。ただ根っからの野球小僧である小園は野球を楽しむ気持ちは忘れていなかった。なんでも楽しむが一番というが、その気持ちがあるからこそ小園の成長曲線はものすごいものを描くような気がした。
実際、ハードで知られているカープの春季キャンプ中も毎晩ホテルの自室での素振りを欠かさなかった。本来なら慣れない環境で厳しい練習を終えてクタクタになるところ、当たり前のようにバットを振り続けていた。「先輩たちほんまにすごいんですよ! 当たり前やけどめっちゃ野球上手い! 俺は下手やからもっと練習せな上手くならへんから!」。レベルの違いがあって当たり前にも関わらず、初めてのキャンプでも自分にそのレベルを求めていた。小園の頭の中に“ルーキーの合格点”は存在しなかったのだ。
プロ初打席で初安打。「一番嬉しかった!」と弾ける笑顔で懐かしんだが、プロの世界はそんなに甘くない。打撃面ではカープファンにも強烈な印象を与えるも、守備面の大きな壁が立ちはだかった。スタメン出場した3試合連続で4失策。打撃面ではシーズン序盤になかなか勝てなかったチームの起爆剤になるという高卒ルーキーの役割を十分に果たしたように見えたが、小園は「ダメダメや」といつもの溌溂さを失っていた。
ベンチ裏で悔し涙……自分が変わったとき
「今年一番大きかった出来事」と振り返ったのは6月21日のオリックス戦。1点をリードして迎えた9回表、1アウトから遊ゴロを失策。同点のランナーを許すとその次の打者吉田正尚に逆転本塁打を放たれチームが敗れた試合だ。結果小園の失策が直接負けにつながった形となった。ベンチ裏で悔し涙が溢れた。「自分1人の人生じゃなくて、チームを背負ってプレーしている。特に先輩たちは家族もいますし、自分のミスでチームが負けてしまうということは他の人の人生も変わってしまうんです。人生がかかっている“仕事”なんです」。誰に教えてもらうでもなく、小園は数か月の間に野球で生活していくことの怖さや難しさを感じていた。
今までやってきた野球とプロ野球、最も大きな違いを理解したルーキーは「個人の成績が大事ですけど、一番はチームが優先ですから」とさらっと言ってのけた。天真爛漫でかつとても優しく責任感が強い男だ。高卒ルーキーが背負わなくてもいい責任まで感じていたのかもしれない。