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文春野球コラム

久しぶりのハマスタと街にはベイスターズが「ちゃんと」いた

文春野球コラム Cリーグ2020

2020/05/13
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 ベイスターズのお膝元、神奈川県の緊急事態宣言は5月31日まで延長された。川崎に住む筆者も4月上旬から1ヶ月間家に籠り、オンラインでの取材と家の掃除に明け暮れていた。掃除といっても時々見つかる昔の野球本や雑誌を読みながらなので、一向に進むはずもない。

 しかしテレワークばかりではなく外でも取材や撮影をこなさないと、フリーライターはお飯の食い上げになってしまう。そこで連休が明けるとすぐに横浜に出て手短に取材を済ませた。久しぶりに乗る電車は新鮮そのもの。社会復帰した気分だ。

 普段は人でごった返す横浜駅は閑散としていた。改札内の濱そばもカフェもコンビニのNEWDAYSもやっていない。用件を終え、少し歩いた関内界隈も似たようなものだった。ハマスタ民御用達のマクドナルド関内南口店はテイクアウトのみ。その奥にある天丼てんやはクローズ。でもハマが誇るそば処チェーン、味奈登庵はいつも通り元気に営業していて安心した。もりそばにかき揚げをつけて500円。濃いめのツユがいつも以上に五臓六腑に染みわたる。

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 一点の曇りもない青空。湿度は低く気温は20度ちょい。絶好の野球日和なれど、横浜公園は人影もまばらだった。完成したばかりのレフトウイング席がそびえ立ち、そこには大きなゲートが設けられている。最上段の〈YOKOHAMA STADIUM〉のロゴが誇らげだ。SINCE1978、開場43年目を迎え完全リニューアルを成し遂げた横浜スタジアムは、未だ訪れない開幕の時を静かに待っている。

完成したばかりの横浜スタジアムレフトウイング席。球場の新しいランドマークになっている ©黒田創

横浜公園敷地内にあったランニング・ゾーン

 ふと、自宅掃除中に見つけた昭和57年の『ファンマガジン横浜大洋』の記事が頭に浮かんだ。それは“新設ランニング・ゾーンで走れ!走れ!”と題されていた。

8月10日、横浜スタジアム左翼席後方の横浜公園敷地内にランニング・ゾーンが完成。午後2時から塩谷球団社長をはじめ球団関係者、および関根監督らスタッフ、選手が参列しての完成式典がとりおこなわれた。

このランニング・ゾーン、幅5メートル、長さ70メートルに渡るもの。発案者の田村ランニング・コーチの説明によると、一番下に排水管を通し、その上に軽石を30センチ積み重ねたことにより水はけは万全。そして表面の土は、赤土と黒土を丹念に混ぜあわせたものなので通常の土と比較して、はるかに柔らかなものとなっているそうである。

(ファンマガジン横浜大洋 第16号より)

ファンマガジン横浜大洋16号(昭和57年)のランニング・ゾーン開設記事。斉藤明夫、山下大輔らが走り初めを行った ©黒田創

 今では考えられないが、ハマスタの外の普通に人が行き来する場所に選手の練習エリアがあったのだ。昭和57年時点で西武球場と並び最新鋭の設備を誇っていたとはいえ、グラウンドは「コンクリートの上で野球をしているみたい」と多くのOBが語るようにカチカチで、球場内の土のエリアは今もある外野フェンス添いの幅1mのゾーンのみ。こちらも当時は土が硬かったという。そこで足に過度の負荷をかけることなく走り込みができるよう、レフト外野席入口近くに総工費400万円をかけてランニング・ゾーンを設けたのだ。さすがは長年カネやんばりにホエールズの選手を走らせまくった田村武雄コーチである。

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