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「最後に限界まで投げさせて下さい」


 現役最終日、つまり引退会見の前日。いつものように西戸崎に練習に来た和巳さんは、斉藤学コーチに引退の話をした後「肩がぶっ壊れても良いので最後に限界まで投げさせて下さい」とお願いした。すると斉藤学コーチが和巳さんの引退をまだ知らない若手投手を呼び、何も言わずバックネット裏から“斉藤和巳のプロ野球人生最後のピッチング”を見学させた。これからプロ野球に夢見る若手に、レジェンドの最後の投球を見せる斉藤学コーチの粋な計らいである。後で引退を知った若手投手は色々と考えさせられただろう。


 また、それは実戦形式で行われた。斉藤学コーチが打席に立ち、ブルペンキャッチャーがサインを出す。

「これで野球人生が終わる……」

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 人生で唯一続けてきたものが終わってしまう寂しさで泣きそうだったが、後輩が見てる手前必死で涙を堪えて、野球への想いを噛み締めながらストレート、スライダー、カーブ、フォークの持ち球全部投げた。ストレートは120キロくらいしか出てなかったけど、悔いが残らない様に限界まで投げた。

 最後の打者へ投げたのがフォアボールになったので、「もう一打席!」とストライクが入るまで全力で投げた。最後まで妥協を許さないのが和巳さんである。


 投げ終わった後は「無」だった。


 そこから、リハビリの6年間やってきたいつも通りのメニューのランニング、キャッチボール、トレーニング、治療をした。ただひとついつもと違ったのは、最後にロッカーの荷造りをした事だ。斉藤和巳のプロ野球選手としての幕が閉じた瞬間だった。

これからの人生の目標は?

 現在野球解説者として今でも野球に携わっている和巳さんだが、これからの人生の目標を聞いてみた。


「無い! 野球以上の刺激はこれからの人生ないんちゃうんかなぁ? だから野球辞めてからは無い!」

 和巳さんなら新たな目標見つけてそれに向けて進んでいるのかと思ったら、あまりに潔く、きっぱりしていた。続けてこう話した。


「人生、野球しかしてこなかったから、辞めてからは何も無い! そんな自分がなんとかやっていけてるのは周りの人のお陰! だから感謝しかない。今は、周りの人の助言を大切にして色々とチャレンジしてる! YouTubeもチャレンジの一つ!」
(斉藤和巳チャンネル

「そうやって助言を頂きチャレンジしたら何か先が見えてくるかもしれへんからね! 今はチャレンジの時期!」


 最後に僕は、皆さんも聞きたいあの質問を聞いた。
和巳さんはコーチや監督を目標にしてないですか?


「目標ではない。自分がなりたい!と思ってなれない事に重きは置かないようにしてる。でも、常に頭の片隅にその事は置いてる。コーチ、監督は選手の人生を良くも悪くも変えるし、なるとしたら相当な覚悟がないといけない。やから、簡単になりたいとは言えへんな」


 どこまでも真面目な男である。和巳さんには現役初勝利の喜びをもう一度、監督、コーチとなって味わって欲しいものだ。

「でも、これからの人生これだけは言える! 自分がどんな状況になっても、仲間がいたらなんとかなる! 今までもそうやったし、これからもきっとそう! みんなもそうやと思う。そやから、皆もこれからの出会い、今までの仲間を大事に! そして感謝を忘れずに!」


 コロナウィルスの影響でまだ新生活が始まっていない方も多いかもしれないが、もう少ししたら一生の仲間に出会えるかもしれない。今までの仲間、そしてこれからの仲間を大事に感謝の気持ちを忘れなければ人生なんとかなる! だからなんでもチャレンジや! 負けないエースが怪我に負けたからこそ得た事。それはレジェンド級の話では無く、誰にでも共通する身近な事だった。


 大切な仲間と一緒にプロ野球が観れるのが楽しみだ。

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