「ちょっと親心が芽生えてしまいました」
連勝記録が止まったことで世間の注目は一段落したが、藤井の勝率は、変わらず高い数値をキープしていく。そんななか2017年12月、公式戦初対戦で、藤井に土をつけたのが深浦康市九段だった。深浦は、対戦したときのこんなエピソードを披露している。
「トイレに行くときは自分の靴を履くわけですが、そこにスニーカーがある。あのとき藤井さんは、まだ中学生だったんですよね。将棋会館にある靴って、ほとんど革靴なので、『あぁ、スニーカーなんだ。よく考えたら30歳くらい違うんだなぁ……』と、ちょっと親心が芽生えてしまいました。それで『いけない。いけない』と(笑)」
史上最年少で全棋士参加トーナメント優勝
まだ中学生だった藤井が「デビューからの29連勝」に続いて残したインパクトが、2018年2月の「朝日杯将棋オープン優勝」であった。全棋士参加の一般棋戦における史上最年少優勝だった。この偉業に対して印象的なコメントを残したのが、谷川である。彼は、若い棋士に向けて「『君たち悔しくないのか』と言いたい気持ちもあります」と述べたが、そこにはこんな思いがあったという。
「朝日杯での優勝は、藤井さんが最年少で棋士になった時、史上最多の29連勝を達成した時とも、ちょっと質が違うものなんです。全棋士の中で一番になるということですから。まだまだ棋戦優勝するのは先だろうと誰もが思っていて、私も同じでしたけど、現実になった。突きつけられた現実を、ひとつ上の世代の人たちは自分のこととして捉えないといけないだろうという思いがありました。ベスト4に藤井さんの名前が残っている時点で先輩棋士たちは負けているんです。誰かが止めないといけないにもかかわらず、どこか『自分たちは勝てなかったので、羽生先生、お願いします』というような空気を受け止めた。ちょっとおかしいのかな、という思いがありました」
このことばを読むと、まだ全棋士参加の棋戦で優勝するには早い――。そんな認識があったことがわかる。ただ、それは当たり前のことだ。このとき藤井聡太四段は、まだ中学生だった。誰もが「いつか」とてつもなく強くなるだろうと考えていた時代であった。