なぜ「君たち悔しくないのか」と発言したか
――「悔しさがなくなったら引退も近い」という言葉には、今年2月に藤井聡太五段(現七段)が全棋士参加棋戦の朝日杯で佐藤天彦名人、羽生善治竜王(現九段)、広瀬章人八段(現竜王)を破って優勝した時、谷川さんが寄せたコメントを思い出します。「20代、30代の棋士たちに『君たち悔しくないのか』と言いたい気持ちもあります」という言葉は話題になりましたが、どのような思いを込めたのでしょうか。
「朝日杯での優勝は、藤井さんが最年少で棋士になった時、史上最多の29連勝を達成した時とも、ちょっと質が違うものなんです。全棋士の中で一番になるということですから。まだまだ棋戦優勝するのは先だろうと誰もが思っていて、私も同じでしたけど、現実になった。突きつけられた現実を、ひとつ上の世代の人たちは自分のこととして捉えないといけないだろうという思いがありました。ベスト4に藤井さんの名前が残っている時点で先輩棋士たちは負けているんです。誰かが止めないといけないにもかかわらず、どこか『自分たちは勝てなかったので、羽生先生、お願いします』というような空気を受け止めた。ちょっとおかしいのかな、という思いがありました」
―― 当然、棋士たちが悔しいと感じていることを理解した上で叱咤し、奮起を促した。
「なんとなく、藤井七段の一世代上の棋士たちがのんびりしているような感じを当時は受けていたのかもしれないですね。私も20代後半の頃に羽生さんを中心とした下の世代が台頭してきて、ものすごく焦りはありましたし、当然、負ければ心中穏やかではなかった。もちろん勝ち負けにおける悔しさというのもありますし、自分の力がなぜ発揮出来なかったんだろうかという悔しさもあります」
―― 悔しさというキーワードで括れば、藤井七段が小学2年の時、谷川九段との指導対局の途中に終了時間が来てしまい、引き分けを提案すると突っ伏して泣いてしまったという逸話もあります。
「2枚落ち(上位者が飛車と角を抜いた状態で指し始めるハンディキャップ)でこちらが優勢になったのですが、彼の場合、負けて悔しい気持ちと、もっと将棋を指していたかったという単純な思いがあったのではないかと思います。泣いてしまってどうしようもなくなってしまったので、師匠の杉本(昌隆七段)さんにお任せしちゃいましたけど(笑)」