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特集観る将棋、読む将棋

2018/12/30

棋士は研究者、芸術家、勝負師、3つの顔を持つ

―― 10月には史上5人目の通算1300勝を達成された。当日のコメントには「将棋の奥深さを再認識し、後輩との捻り合いを楽しめる心境になりました」という原点回帰を思わせる言葉を寄せました。

「やはり将棋は無限の可能性を秘めている、ということを改めて思うようになったんです。AIが現れたことにより、私たちの常識では、もう『損をしてしまう戦型』と結論付けられていた『雁木』が主流に戻ったりした。今までの常識では考えられなかったようなことなんです。若い棋士たちは先入観がないのですぐに受け入れられますが、自分ももちろん変化していかなくてはいけません。食わず嫌いで否定してしまうのではなく、研究をして実戦で試して、ということは続けていかないといけないと思っています」

 

―― 一方で、もともとは「木の幹が揺らいでしまう」とAI研究の導入には否定的な態度を貫いてきた。

「今までの研究方法と全く違うので、生半可にやると空中分解しかねないんです。だから私の年代では必要はないことなのかな、とも考えています。AI研究によって流行している戦型は採り入れようとは思いますが、自分が指した将棋をAIに検証させるということもしませんし、AIが指した将棋を研究するというのは莫大な量の棋譜が生産され続けているので大変な作業なんです。人間の感覚とは掛け離れた手が出てきて、どのような意味を持つのかは分からないということが生じてくる。試験を受けた時、答えは合っているけど全然理解していないということになってしまいます。試験で100点を取れても実力は付いていないということでは通用しません。すぐに効果が出る研究法もあれば、長期的なビジョンを考えてやる研究法もあると思うので、私は後者を選びたいと思います」

―― 研究と勝負という観点で言えば、将棋界でよく用いられる「棋士は研究者、芸術家、勝負師の3つの顔を持つ」という言葉はもともと谷川九段が語ったものです。先日、初タイトルを獲得した斎藤王座も3つの側面を比較し「自分には勝負師の要素が足りない」と痛感したことが成長につながったと語っています。

「普段は研究者で、対局になれば序盤・中盤においては芸術家になり、終盤では勝負師でありたいといつも思っています。意識せずに自然に切り替えられるのが理想で、いちばん自然に出来ているのは羽生善治さんだと思いますけど、私はまだまだ自然にはいかないです。勝負師に徹することが出来ているなという時もあれば、諦めが早くなってしまうこともあります。勝負には当然こだわらないといけないですけど、こだわりすぎても肩に力が入りすぎてしまいます。逆に、あまりに淡々として、負けた時の悔しさが無くなってしまうと引退も近いのかなと思うので、難しいですね。でも最近は、苦手な展開になったり形勢が苦しくなっても自然と受け入れることが出来ています。常に、局面における最善を求めていく気持ちになれている気がします」