藤井聡太七段の進化が止まらない。
ヒューリック杯棋聖戦五番勝負では、渡辺明棋聖を相手に2勝0敗の成績で7月9日に行われる第3局を迎える。最年少タイトル記録を塗り替え、棋界初の“17歳タイトルホルダー”が誕生するシナリオも現実味を帯びつつある。
そうなれば「藤井聡太“七段”」という呼称は「藤井聡太棋聖」となり、ややもすれば、今後数年、いや十数年もの間、「藤井聡太○段」と呼ばれることもないかもしれない――。こんな仮定の話も、あながち冗談とは思えないほどに、強い。ただ勝っているだけではなく、その内容も圧巻で、プロ棋士が揃って驚きの声をあげている。(全2回の1回目/後編に続く)
プロ棋士のことばでわかる、藤井聡太七段の進化ぶり
本稿は「藤井聡太七段 初タイトル獲得か――」というこの契機に、その強さをプロ棋士のことばを借りて表現してみようとするものだが、様々な証言を時系列に並べてみると、その進化ぶりに魅きつけられた。
14歳でデビューしたときから「すごい」と注目を集めてきた藤井だが、その「すごい」がどんどん変わっていることが、ビシビシと伝わってくる。
敢えて例えるならば、映画『シン・ゴジラ』において、ゴジラに対する評価が、その形態が変わるごとにどんどん白熱化していく様に近いだろうか。
では、これから棋士が残したことばによって、藤井聡太の軌跡を少し振り返ってみよう。前編となる今回は、小学2年生から中学の終わりまでに言及したことばをつないでいく。共にその進化のスピードに驚いてもらいたい。
「伸びるタイプの子ども」だった小学2年生
幼少期の藤井聡太を評したことばを探すと、小学2年生の彼を言い表したものを《「藤井聡太くんの詰将棋は世界一」斎藤慎太郎新王座が認めた実力》という原稿に見ることができる。
「見た目と能力が違いすぎる『驚きの少年』という印象は当時も今も変わりません。ただ彼は小学2年だったので『この先どうなるか分からない』とも思いました。あとで大会の写真を見るとすごい集中力で食い入るように詰将棋の図面を見つめているので『伸びるタイプの子どもなんだろうな』とは思いました」
こう述べるのは、2011年、奨励会三段時代に「詰将棋解答選手権」で優勝するなど、棋界きっての詰将棋の実力者として知られる斎藤慎太郎八段。彼が優勝した同年の大会で、小学2年生だった藤井少年は高得点を叩き出し、関係者から大いに注目されることとなった。斎藤は、このときの藤井少年のことを「伸びるタイプの子ども」と述べている。
この小学2年生の藤井を記憶している棋士には、谷川浩司九段もいる。幼少期の藤井少年を「泣き虫」「極度の負けず嫌い」と評しているのを見聞きしたことがあるだろうが、その様子が手に取るようにわかる述懐があった。