コロナ禍でリモートワークが常態化してからというもの、実はぜいたくをしている。ひとと会ってムダ話する楽しみは激減したが、とにかく本を読むようになった。それから夕暮れにまぎれて少年時代に帰る「疑似体験」をしている。ファイターズの成績もさっぱり振るわないから、まずそこのところから話をさせてほしい。
ラジオとグローブ、軟球を持って出かけた少年時代
僕はほとんど毎日、薄暮のなか少年時代を過ごしている。身体は年齢相応ポンコツになっているのだが、心は野球を覚えた少年時代のようだ。僕は高度成長期の小学生だった。V9巨人の真っ只中だ。当時は親の仕事の都合で和歌山市に住んでいた。最初、和歌山弁になじめなくて(北海道から越したから口が重かった)、これはいけないと思ったのだろう、母が少年野球チームを見つけてきた。
小学3年生だ。学校の近くに阪神の藤田平選手の実家があった。家からちょっとのところに和歌山県立星林高校、のちに小久保裕紀や松田匡司を輩出する学校があった。
だけど高度成長期は巨人一辺倒だ。和歌山だから阪神や南海がハバをきかせておかしくないのだが、テレビ中継は圧倒的にジャイアンツ戦だった。僕は小6でオールスターの9者連続三振を見て、江夏豊に惚れ込むのだが、最初は巨人ファンだ。他に選択肢がない。王、長嶋に憧れたが、内心、ホントに好きなのは地味な末次だった。だから僕は少年野球チームで練習して、遊びで草野球をやって、テレビの野球中継にかじりつく野球バカになっていった。もう、すっかり和歌山弁にもなじんだ。みんなから「えのやん」と呼ばれた。
その「えのやん」の習慣だ。当時のテレビ中継は(今、考えるととんでもない話だが)夜7時にスタートして9時に終わったのだ。毎日、試合中の巨人の選手が元気かどうかテレビ中継してるような感じだ。いちばん肝心な試合の入りと締めくくりがテレビで見られない。
納得いかない「えのやん」はどうしたかというと、ポータブルラジオを手に入れた。テレビがやらないところはラジオ中継を聴けばいい。家を出たところにブロック塀があって、ラジオとグローブ、軟球を持って出かける。ラジオのヒモを引っかけとく場所は決まっている。
そこで試合開始を待つのだ。和歌山のご町内は空想のなかでラジオ中継の語る後楽園や神宮や広島市民球場になる。僕は薄暮のマウンドに立つ堀内恒夫であり石戸四六であり、安仁屋宗八だった。実況に合わせて軟球をブロック塀に投じる。「ピッチャー、振りかぶって第一球投げました」。
実況アナは暮れなずむ球場の空を描写した。僕は空を見上げて、例えば神宮の森を飛んでいくカラスを想像した。そして空想上の球場も、和歌山の小径もいつしか暗闇につつまれる。7時の時報前には家へ飛んで帰るのだ。テレビ中継が始まったら晩ごはんだ。
普段当たらない実況アナがファイターズをどう見ているか
コロナ禍で運動不足を痛感してから、スマホにウォーキングアプリを入れた。で、試合開始からラジオ中継を聴きながらウォーキングに出る。子どもの頃のようにグローブや軟球は持ってない。僕のお気に入りはHBCラジオだから、radikoの「ファイターズナイター」だ。CMも「100満ボルト」(家電量販店)、キース・へリング展とすっかり覚えてしまった。リスナーとして態度を決めかねているのは今季、餃子のCMが「みよしの」から「餃子の王将」に変更になったことだ。何か横尾がいなくなって池田が来たような感覚だ。
本当にHBCラジオのおかげなのだが、僕は夕景のなか少年時代を追体験している。辺りが黄昏色に染まり、やがて暗闇につつまれる時間。それは身体的な経験だ。ラジオ中継が聴こえていて、自分が薄暮のなかにいる。胸がいっぱいになる。「ピッチャー、第一球投げました」。あぁ、自分はここにいたんだと思う。何か世に出て色々やってきたように錯覚したが、あの頃も、今も、自分の本体は薄暮につつまれていた。
今年の交流戦、RCC制作の裏送りの広島2回戦だった。実況アナは文春野球でもおなじみのRCC坂上俊次さんだ。裏送りというのは(主にネットの関係等で)RCCの本放送とは別に出すものだ。坂上アナがよかったんだよ。試合の入り、「マツダスタジアムの外を新幹線が西へ向かっていきます」ってワンセンテンスを挟んだ。ウォーキングしてる足が止まった。坂上アナとしたら特に狙ったわけじゃなく、本当に新幹線が走ってたんだと思う。だけど、いいセンスだ。まだ球場まわりが明るいことが伝わる。それから試合に入り込む前、色んなものが目に入ってわさわさした感じが伝わる。これからだんだん暮れていくんだ。これから野球が始まるんだ。
僕「えのやん」は当時の習慣をなぞるから、ラジオを聴いているのは試合開始からだいたい1時間(緊急事態宣言の関係等で開始が早いときは1時間15分?)だ。試合にもよるがざっくり打者一巡見当。両先発の調子をチェックし、両軍のチーム状況を整理し、試合展開をうらなう「序章」「第一章」っぽいパートだ。交流戦の時期面白いのは「先方が自分らをどう見ているか?」である。普段当たらないチームの普段当たらない実況アナがファイターズをどう見ているか。いつも聴き慣れてるHBCの実況解説ならチーム情報も詳しくてハズレがないのだが、こういう機会だと思って相手方の実況解説を聴いてハッとさせられることも多い。