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AMラジオ局の泥臭い仕事

 加えて、突発的なデータにも対応しなければならない。

 先頭打者ホームランや代打ホームランはいつ以来で通算何度目か。サイクルヒットが達成されればいつ・誰以来か、球団では何人目か。1試合4安打、5安打となればキャリアで何度目か(あるいは初めてか)、三振を二桁奪えば何度目か……といったデータは、試合に即して調べ、提示される。

 これだけの情報なので、スコアラーが試合中に調べるきることは到底できない。重要なのは試合前の準備だ。起こるかもしれないことに思いを巡らせながら、その時に備える。試合中であっても、3安打目を打った瞬間には「次4本目が出たら……」と考える。スコアラーの仕事は次への準備が80%以上を占めていると言っても過言ではない。

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 とは言え、試合中に一人で、また球場で調べられることには限界がある。球場ではスコアラーの事前資料に加え、NPBが編集している「オフィシャル・ベースボール・ガイド」やパ・リーグの各種記録が記載された「ブルーブック」、セ・リーグの「グリーンブック」を基に調べるが、それらに載っていない情報になると局にあるデータノートが必要になり、「同報」と呼ばれるスタッフから球場にインカムを通して伝えられる。

 データノートと言えば聞こえが良く、さもハイテクなシステムで管理されているようだが、ここはAMラジオ局。全部紙に手書きである。日々同報やスコアラーが、各種記録をこつこつ拾い集め、台帳に書いていく。1つでも抜けがあろうものなら、「この下全部修正液でいったん消して……」の世界だ。良し悪しはさておき、泥臭いものだ。

 そのスコアラーだが、仕事として個人の裁量が大きいため個々の差が出やすい。「言われたことだけ」と思えばスコア、ランニング、シート表、赤紙を書けばよいので、大した準備も技術も必要ない。

 しかし、「いかに良い放送にするか」と考えだすと、今度は際限がなくなる世界なのだ。

 寺島啓太アナはスコアラーを評して「Googleより速い検索サイト」と言う。「データはもちろん、自分の見えていない部分を補完してくれる存在」だそうだ。

 例えば、攻撃が二死になって投手はキャッチボールを始めるのか、それによって継投はどうなるのか、ブルペンでは誰が投球練習をしているのか。あるいは、ネクストに控える代打の存在。実況アナにダイヤモンドに集中してもらおうと思えば、自ずとスコアラーはダイヤモンドの外の動きをフォローしようと目が向く。

 解説者が「今日はボール球が少ないですよね」と言えば、ボール球を数え、ストライク率を伝える。

 実況を補完し、解説を裏付ける。データの部分だけでない、スコアラーの大事な仕事だ。

実際のスコア、ランニング、シート表 ©黒川麻希

スコアラーからお笑い芸人へ

 このように様々な技を持つスコアラーだが、文化放送には専属のスタッフがいるわけではない。皆がアルバイトスタッフで、多くは学生だ。

 山田弥希寿アナは広島での学生時代にスコアラーをしていたそうだし、フリーで活躍されている節丸裕一アナやテレビ埼玉で活躍中の平川沙英アナも学生時代に文化放送でアルバイトをしていた経験を持つ。

 学生だけでなく、お笑い芸人を目指す若者もいる。高橋ボンだ。

 スコアラーとしての準備を尋ねると、「毎日気になったニュースはiPhoneのメモに球団別で入れています。試合の前の日も3時間はかけますね」と教えてくれた。彼はスコアラーだけでなく、文化放送の報道でもアルバイトをしているので、いつネタを作っているんだろうと不思議になる。それでも日々のスコアラーとしての準備には感嘆するし、一緒に中継をしていると、ホントに野球が好きなんだなぁとなんとも嬉しい気持ちになる。

 準備の量だけでなく、「誰もが調べているものではない、独自で見つけたデータを持っていくようにしています」と質にもこだわりを見せる。自分でデータを見つけて、それを実況・解説に伝え、話が広がっていくように気配りする。結果的にそれが試合の中で重要なものだったりするから面白い。

 彼の仕事を後ろから見ていると、試合中でも表情が豊かなことに気付く。解説の話しに大きく頷いたり、よくわからない実況には不思議そうな表情をしたり、感情をあえて示しているようにすら感じる。目に見えないリスナーに向けてしゃべっている実況と解説にとって、リスナー代表が横にいるようなもの。なんとも心強い味方だ。

 そんな高橋ボン、これまでに嬉しかったことを訊くと「日本シリーズでスコアラーをできたこと」と言う。「開幕戦や日本シリーズ、オールスターはご褒美みたいな仕事ですよね」と嬉しそうに笑うのだ。選手にとって特別な舞台は、中継者にとっても特別な仕事だ。その中継のスコアラーに選ばれたら、意気に感じないわけがないだろう。

 しかし、メットライフドームで行われる今年のオールスター第1戦、さぞ意気込んでいるだろうと思いきや、キングオブコントの初戦と重なってしまったとのこと(笑)。先輩と組んだ即席コンビ「江夏大爆発」で挑むらしいので、健闘を祈りたい。

壁に大量の資料を貼り試合に挑む高橋ボン。「ご褒美」と言った開幕戦の様子 ©黒川麻希

 解説者、実況者と並んで、中継ブースの最前列に座るスコアラー。

 右手でスコアを書き、左手で球数を出す。右耳で公式記録を、左耳でオンエアを聴く。右目はグラウンド、左目は実況解説の表情を見る。彼らのプロの仕事は、アルバイトと一言で片付けられるものではない。

 今日も中継の中で面白いデータが出てきたら、「横のスコアラーさんが頑張っているのかな」と思ってもらえると嬉しい。

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