こんなヒーローの誕生をずっと待っていた。
リチャードが、ついにやってくれた。育成出身の22歳大砲は9月2日、プロ4年目にしてようやく初めての一軍登録を果たすと、この日のイーグルス戦にスタメン出場してさっそくデビューを飾った。
プロ初打席は初回2アウト一、三塁のチャンス。対するのは好投手の則本昂大だ。
「心臓の音が聞こえた。人って緊張したらこうなるんや。ホンモノの緊張を味わいました」
結果はスライダーに空振り三振。「正直、なにも憶えていないです……」。その後も凡退して3打数無安打で7回の守備からベンチに退いた。
最近のホークスにどこか足りなかったものをもたらしてくれた
しかし、翌日は出番なく迎えた4日のバファローズ戦で再びスタメン出場すると、待ちに待った瞬間が訪れた。二飛、四球、三飛を経て回ってきた7回2アウト一塁の4打席目。張奕の153キロ直球をとらえた打球がセンター前で弾んだ。「H」のランプが灯ったのを確認し、「本当のスタート。『やっと始まったな』って感じでした」と笑顔を弾けさせた。
打った本人がもちろん最高の喜びだったに違いないが、リチャードだけではない。ファンもこの瞬間を心底待ち望んでいた。
この時のPayPayドームは、ワクチン接種2回完了者もしくは1週間以内のPCR陰性判定者といった条件付きの観客入場が行われており、スタンドには3405人が詰めかけていた。他球場に比べれば多くない。それにマスク着用と声を上げての応援は禁止のままだ。それでも、あのヒットの瞬間のドーム内に流れた空気は確かに熱を帯びていた。そして、まるでサヨナラ本塁打でも飛び出したかのような大拍手。1本のヒットであんな雰囲気になったのは異例のことだった。
思いの共有というか、こんな一体感。最近のホークスにどこか足りなかった「この感じ」を、リチャードがもたらしてくれたのだ。
ドラマはこれで終わらない。
5日の同じくバファローズ戦、1点ビハインドの4回1アウト満塁で打席に入った。
「人生で一番集中していました」
粘っこい打席だった。カウント2-2から2球ファウル。低打率で淡泊だから上に呼ばれないと評された姿は、もうなかった。7球目がボールとなりフルカウント。ここでタイムをお願いしてヘルメットを脱いだ。汗を拭いながら、頭の中を整理していた。
「相手は増井(浩俊)さん。三振をとりたいならフォークかスライダー」
そう決めて勝負に戻った。来たのは149キロのストレート。「なんか、『あっ』て感じで」振り抜くと、真芯でジャストミートした。左中間スタンドにつくられた「ゼンインヒーロー」の「ヒ」の部分へ弾丸のような打球が突き刺さった。
プロ1号が、逆転の満塁ホームランだ。
吠えた。打席から走り出した瞬間に声を上げた。確信の一発だ。
一塁を回る手前で着弾を見て、また吠えた。まだまだ興奮が収まらない。何度も、何度も魂の叫びを上げながら足早にダイヤモンドを一周した。
チームメイトたちもお祭り騒ぎだった。従来は本塁打を放った選手はベンチ内で出迎えるのが内規となっているが、多くの選手たちがベンチの外に飛び出してリチャードと喜びを爆発させた。
それに応えるリチャード。カメラマン席の手前まで行くと、裏返った声で「どすこーい」を決めた。毎オフの自主トレでお世話になっているライオンズ・山川穂高との約束だった。
この日は2回に中犠飛でプロ初打点をマーク。そして7回はバルガスからレフトへ2号ソロ本塁打を放った。2発6打点の大暴れで2日連続のヒーローインタビューを受けた。
そこで発する何気ない一言でスタンドが沸く。言葉のチョイス、絶妙な間、声のトーン。どこか言葉を選んでいるようで選べておらず(笑)、本音が垣間見えるようなところも。そのすべてが、もはや天性なのだろう。率直な印象としては柳田悠岐と同じ。それもリチャードの魅力となっている。