最多勝も、新人王も、首位打者も、ホームラン王も、メジャーリーガーも……45年のスカウト人生で、あらゆるスター選手を発掘してきた。スタメンの過半数が担当選手で占められた試合も少なくなかった。
1977年から、北海道・東北・関東地区を担当してきた広島カープ・苑田聡彦スカウト統括部長である。高校野球予選の時期には3週間にわたる東北・北海道遠征。電車を乗り継ぎ1日3試合の視察。ドラフト後には、伝説の「4日間で4選手との契約」。専修大学の黒田博樹を見出し、惚れ込んだ野村祐輔(明治大学)には公式戦34試合の徹底マークで単独指名を成し遂げた。
伝説のスカウトは77歳。その仕事ぶりは、3月30日発売の新刊『眼力 カープスカウト 時代を貫く“惚れる力”』(サンフィールド)にたっぷり書かせていただいた。
現場第一主義の辣腕スカウトも、この10年は担当選手を持たず、スカウト統括部長としてチーム全体に目を配る役割を担っている。現役で活躍を続ける担当選手は、今シーズンは4人になった。
学ラン姿の會澤と“うなぎ”を食べた日
2022年、3月25日、横浜スタジアムのスコアボードに並んだ開幕スタメンに、担当した選手の名前があった。
6番・キャッチャー會澤翼。
カープ3連覇に貢献した強打の捕手は16年目のシーズンに挑んでいる。プレーだけではない。チームの選手会長に続き、日本プロ野球選手会長の大役を任されるなど、その人望は厚い。
「頑張っているね。そんな連絡もくれました。何かと気にかけて下さっています。なので、自分も頑張って活躍したいです。苑田さんに恥をかかせるわけにはいかないと思いますから」
16年が経っても、會澤はドラフト当時のことを鮮明に覚えている。「水戸(茨城県)で美味しい『うなぎ』をご馳走になりました。本格的な『うなぎ』のお店とか、もちろん初めてでしたし、記憶に残っています」。
苑田の記憶では、ドラフト指名挨拶で水戸短大附属高を訪ねた帰路のことである。
「帰りも電車だし、うなぎでも食べて帰るか」
會澤に、そんな声を掛けた。二つ返事の會澤は支度を急ぎ、苑田へと駆けてきた。
「お待たせしました」。そんな挨拶も心地良かった。
二人は、苑田が事前に調べていた店へ向かい、うなぎを楽しんだ。
「やはり気持ちの良い男でした。食べっぷりも良かったです。まだ短い学ラン姿でしたが、喋っても受け答えがしっかりしていました」
水戸市の北にある那珂川は川魚の宝庫であり、水戸はうなぎで名高い土地である。うなぎ好きの苑田である。香ばしい香りと、快活な好青年の笑顔、忘れられない時間だった。