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矢野監督の「今季限り」は「新庄ストーリー」の影響か

 野村監督の最終年を待たず、新庄は渡米する。現地でも守備の名手、明るいキャラのクラッチヒッターで、「SHINJOY」の造語とともに人気者になった。持ち前の運の強さで日本人初のワールドシリーズ出場、初ヒットを記録した。その後は日本に戻って、パ・リーグの救世主として、NPBを盛り上げるエンターテイナーとして唯一無二の存在となった。

 一方、矢野は阪神の正捕手として地味な努力を続けた。責任を一身に受け、暗黒タイガースを強い阪神へと変革させる原動力となった。そしてついに星野・岡田両監督の下、チームを二度の優勝に導いた。その時期、いったい矢野の目は新庄をどう捉えていたのだろう。

 5回ウラ、長坂が先頭でライト左を破る三塁打。破綻のないリードと、強く正確な送球で盗塁阻止力も高い。長坂が出るようになって阪神の勝率が上がった。

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 無死三塁、藤浪への代打は北條。三遊間深く転がす内野安打、北條らしい泥臭いタイムリーで3-7。将来を嘱望されたドラ2は入団時にもらった背番号2を手放しても、左肩の手術、リハビリから復帰してきた。そういえば矢野も中日時代に背番号2を手放している。

 じわりじわり。俺を見てくれ、俺を褒めてくれ。賞賛も非難もされる機会がなかった選手たちが少しずつ試合を動かしていく。

 6回ウラ、糸原の右前タイムリーで4-7。守備範囲の狭さを言われる糸原は、この試合でも打球がグラブのすぐ近くを抜けたり、弾いたりするシーンが目立った。しかし、総合力で糸原を選択するのは現時点で合理的だ。打撃で結果を出すしかない。

 なおも無死一、二塁でロハスJrが粘り強く四球を選び、無死満塁。長坂は6-4-3の併殺に倒れたがその間に1点を返し5-7。さすがに新庄監督も計算が狂ってきた感じだったが、それでも好勝負を楽しんでいる様子はわかる。

 今年のキャンプイン前日に矢野監督が「今季限り」を公表した時、新庄の現役引退時のことを想起したのは私だけではなかろう。

 2006年開幕直後4月、新庄は「今季限りの現役引退」を表明した。結果的に、その1年は「新庄のお別れ興業」のようなところがあって、最後は行く先々で新庄をひと目見たいファンが集まった。そしてチームは「新庄さんのために」でまとまり、本人も活躍して、リーグ優勝、日本シリーズ優勝で花道を飾った。どこまでもやりたいようにやるし、持っているし、持っていく男だった。

 はたして矢野監督の「今季限り」が、「新庄ストーリー」にインスパイアされたものなのか。実際のところはわからないが、これまでのふたりの立ち位置や、当時、連日のようにBIGBOSSが世間の耳目を集めていたタイミングを考え合わせると、私には関係があったように思えた。

「俺たちの新庄」が甲子園の熱を呼び戻してくれた

 試合終盤は、追加点のピンチを守備陣が救った。7回表、二遊間へのゴロに中野が追いつき、ベースカバーの糸原へ丁寧にグラブトス、これを右手で直接受けた糸原が一塁へ転送して6-4-3の併殺を完成させた。

 8回表、代わった渡邉が先頭を出すも、宇佐見のバントがフライになり長坂が好捕、さらに懸命に一塁ベースカバーに走った糸原に転送してまたもや併殺。やれる限りのことをやった糸原の必死さが生きた。

 8回ウラ一死、大山がこの日3本目となる12号ソロをレフトへ。外への変化球ふたつで追い込まれ、3球目の低目の直球をわかっていたかのように高い弾道で引っ張り上げた。6-7。

6月3日の日本ハム戦、3打数連発の大山悠輔

 ついに1点差だ。球場の声援はいよいよ高まり、コロナがなかった2019年のボルテージを思い出させた。観客が作り出す渦が、巨大な生き物のようにマウンド上の堀を飲み込む。

 糸原右前ヒット、代走熊谷。ロハスJr、追い込まれながら一、二塁間を破り無死一、二塁。長坂へ代打糸井、四球で1死満塁。二走に代走植田、一走に代走坂本。1死満塁で、渡邉へ代打山本が一、二塁間を抜くヒットで熊谷が生還。代走、代打を繰り出す矢野采配が冴え、7-7同点。

 もはや甲子園は大きくうねりつづけ、なおも1死満塁で1番島田が押し出し四球、8-7と逆転すると、代わった玉井からも近本が右前タイムリーを打ち9-7と突き放した。

 最後は岩崎が同点の走者を背負いながらも逃げ切り、6点差大逆転勝利を完成させた。試合時間3時間43分。残った野手は片山のみという総力戦だった。

 これでようやく開幕戦の裏返しができた。あとはシーズン序盤の大負け分をひとつひとつ裏返していけばいい。

 どんな気持ちで戦えばいいか、「俺たちの新庄」が阪神ファンにも矢野監督にも教えてくれた。そしてタイガースには、選手たちを熱く燃え上がらせる甲子園球場がある。

 「新庄伝説」に負けない、でっかい奇跡を起こそうぜ!

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