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日本ハム・吉田輝星21歳、青春を超えていけ 秋田のファンは最高の拍手でねぎらった

文春野球コラム ペナントレース2022

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 吉田輝星はこの5月、夢を見たのだという。

 先発で勝利する夢だった。「ヒーローインタビューでめちゃくちゃ泣いていた」そうだ。一体、どこ戦だったのだろう。僕は胸が熱くなる。野球選手の見た野球の夢。ヒーローがヒーローになる夢。心に秘めた思いが叶い、嬉し泣きする夢。

 吉田輝星は先発で投げたいのだ。

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 先発で投げたいのだ。まっさらなマウンドに立ち、歩数を数えて自分の場所を堀り、トップバッターと対峙したい。輝星は今季、やっと1軍の戦力になった。中継ぎとして1イニングを任される起用がほとんどだ。めいっぱいストレートで押すスタイルに活路を見出した。もちろんそれに手応えを感じている。春季キャンプで藤川球児臨時コーチの指導を仰いだ「タテ振りのストレート」は輝星のポテンシャルを見事に引き出した。

 先発で投げたいのだ。そのために去年はほぼ鎌ケ谷暮らし、イースタンで「直球しばり」の投球を続けた。いかに2軍といえど直球だけで封じるのは至難の業だ。カウント球のストレート、空振りを取るストレート、緩急、タイミングをずらす投球術etc、覚えるべきことは山のようにあった。

吉田輝星

21歳の吉田輝星は人生でたった一度しかない体験をする

 交流戦の阪神戦。ビッグチャンスをもらった。2018年夏決勝以来の甲子園の先発マウンドだ。ただ投球は精彩を欠いた。3回4失点。新庄ビッグボスの帰還に甲子園は満杯だった。「阪神タイガースの甲子園」は「高校野球の甲子園」とは全く違う。2死からでも1人走者を出すと、応援のテンションが上がって絶体絶命のピンチみたいに錯覚してしまう。「聖地・甲子園」への思い入れもあいまって、輝星は力んでしまった。

 そして次の先発登板は秋田だった。あぁ読者よ、吉田輝星が秋田・こまちスタジアムに凱旋する。新庄ビッグボスは早々と輝星先発を発表し、それが「ラストチャンス」になると明言した。これはもう、野球ファンならゴハン何杯でもいけるやつだ。出来事としてはね、「高校野球のスターがプロ入り後、初めて郷里のマウンドに立つ」だと思う。生中継を組んだNHKも、新聞各紙も、基本的にはそのトーンだ。だけど、正味のところは違うでしょう。

 主題は「青春」。青春の後始末だ。21歳の吉田輝星は人生でたった一度しかない体験をする。「聖地・甲子園」「郷里のこまちスタジアム」、金足農業フィーバーを巻き起こし、吉田輝星を吉田輝星たらしめた舞台を再訪して、自ら青春のしっぽを始末する。

 読者は社会に出てから、何の気なく母校を訪ねたことがあるだろうか。あれは本当に不思議な感覚だ。毎日通った道。バス停や自転車置き場。校門の桜の木。むせ返るように懐かしい。鼓動が高鳴る。今にも渡り廊下を好きだった女の子が歩いてきそうだ。あぁ、ここですべてが始まったんだなぁと思う。そして、同じ校章をつけた後輩らを見て、それはとっくの昔に終わったことなんだなぁと思う。うっかりするとついこないだのように錯覚してしまうが、そうではない。自分は社会人になっている。もう終わらせていい。よかったこともいやだったことも、忘れかねている全部を終わらせていい。

 面白いもので二度目に母校を訪ねたときは、もうあんなにドキドキはしない。青春と同じ一回性のものなのだ。輝星は県予選を戦った球場に立ち、自分が大人になったことに気づくだろうと思った。それは言い方を変えると「プロになったことに気づく」だ。他のどこでもない、プロ野球こそ輝星の生きる道だ。そしてチームの監督はその登板が「ラストチャンス」だと告げている。

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