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日本一決定直前に見せたキャプテンシー

 2010年の新人選手入団発表会において、山田ははにかみながら得意の逆立ちを披露して花道を歩いた。2019年、つば九郎主演ドラマ『つばめ刑事』では、まったく感情を感じさせない「グローブヲヌスマレマシタ」という抑揚のないセリフが、つば九郎から「せりふがぼうよみ」といじられた。そして、記憶に新しいのが昨年の東京オリンピック決勝後、自ら村上宗隆に「お姫様抱っこ」をせがんで、満面の笑みで写真に納まったこともあった。

 しかし、喜びにしろ、怒りにしろ、悔しさにしろ、山田が心から感情を爆発させたシーンが思い浮かばない。昨年の日本一、『Number』の表紙を飾ったのは満面の笑みで雄叫びを上げながらジャンプする村上の姿だった。あるいは、この試合後、瞳を濡らす青木宣親、中村悠平、川端慎吾の姿は、強く印象に残っている。

 あの瞬間、極寒のほっともっとフィールド神戸において、山田はどんな佇まいだったのか? 日本一が決まった最後の打球処理をしたのが山田だった。高いバウンドのゴロを無難にさばいてファーストに送球。「アウト」の瞬間を見届けると、山田は万歳をしてマウンドに向かっている。実はこの少し前、とても印象的なシーンがあった。

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握りしめたこぶしを三度、自らの胸に力強く打ちつけ…

 延長12回裏、二死一塁の場面だった。「あと一人」で日本一が決まるというところで、中継カメラは山田をとらえる。このとき山田は、口を真一文字に結び、マウンド上のマクガフを鼓舞するべく、握りしめたこぶしを三度、自らの胸に力強く打ちつけた。そして、そのこぶしをマクガフに向かってやはり力強く差し出したのだ。その表情、佇まいはいずれも実にカッコよかった。

 当日、球場にいた僕はその場面には気がつかなかった。しかし、後に録画で確認すると、このシーンが記録されていた。このとき、「あぁ、これが山田流の感情表現でありキャプテンシーなのだな」と理解すると同時に、「言葉によらない激励もあるのだな」ということを再認識した。

山田はいま、来るべき日のために、じっと耐え忍んでいる

 冒頭に掲げたように、山田哲人は、かつてないほど苦しんでいる。コンディションについては外部からはうかがい知ることはできないけれど、山田は今、じっと耐え忍んでいる。来るべき日に向けて、ぐっと歯を食いしばっている。これまで、あまりにも順調な選手生活を過ごしてきた山田に試練が訪れている。あの日、無言でマクガフを激励した山田は黙して語らず、現状打破のために試行錯誤しているはずだ。

 試合後のベンチで一人沈思する姿に胸を打たれる。感情を表に出さないからこそ、その苦悩の濃さがより強く感じられるのだ。山田のバットから再び快音が響く日を誰もが待ちわびている。彼にとって初めて訪れた最大の危機。歴代「ミスタースワローズ」はもちろん、ファンの期待を一身に受けて、山田がどうやって立ち直るのか? ファンはもちろん、山田自身も辛いだろうけれども、今はその日が来るのを信じて静かに待ちたい――。

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