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ベイスターズから戦力外通告を受けた私に、梶谷隆幸さんが涙ながらに語ってくれた言葉

文春野球コラム クライマックスシリーズ2022

2022/10/09
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私を再び本気にさせ立ち上がらせたのは、梶谷隆幸選手の言葉であった

 幸いなことに、私は次の目標がすぐ決まったので、この先の人生にそれほど絶望もしていなかった。ただ、この時点ではただ何となく生きていけばいいやくらいの感覚でしかなかった。もしこの感覚のまま、なんとなく頑張っていたら、今頃路頭に迷っていたかもしれない。私を再び本気にさせ立ち上がらせたのは、梶谷隆幸選手の言葉であった。私は彼の言葉から後述する2つの学びを得ることになる。

梶谷隆幸 ©時事通信社

 それは一年を締める納会で、梶谷選手の部屋であらためて飲み直しているときに言われた。お酒のせいもあってか、彼は時折涙を流しながら話してくれた。

「テラ、はっきり言ってお前は入ってきた時から絶対生き残れないと思ったよ。絶望的にセンスがないし、身体も強くない。むしろよくプロの世界まできたなって思ったよ。でもお前、次の道ではなんとかするんだろ? 命懸けでやるんだろ? 俺はそうだよ。家族ができて、守るものができて、毎日命懸けで野球やってるよ。お前も絶対、命懸けで次の道で頑張れよ」

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 私はこの時の、この話を一生忘れないであろう。この先の人生はなんとなくでいいや、そんな心持ちだったが、消えたふりをした心の火種は小さく残っていたのだ。それを思い出すには十分すぎるくらいだった。あの迫力や力強い言葉を完全に再現できなくてもどかしいが、私は梶谷選手に力をもらったのだ。そして、私なりの学びを得た。

 一つは、30代目前の私がこの先より良く生きていくには、自分の素質を見極める必要があるということ。センスがなくてもなんとかプロ野球選手になれたのは、圧倒的な時間と運に恵まれたからである。この先、何かを形にするために費やせる時間は確実に少なくなる。その上で資質の見極めは重要になることを学んだ。

 二つめは、なんとなくでは絶対に勝てないということである。よく元アスリートは社会に出たとしても、何をしてもうまくやれるとか、心配しなくていいよとか、そんな話を聞く。今私は医学生として過ごしているが、今の生活を顧みると尚更「そんな訳ないだろう」と感じる。我々は元プロ野球選手だが、我々が野球に費やしてきた時間、他の人はそれぞれの道で時間を費やし、スキルを磨いている、いわゆる別の道のプロだ。そんな人たちに、元アスリートがなんとなくやって追いつける訳もなければ、なんとなくでなんとかなる訳もないのである。命懸けで、立ち向かうしかないのである。梶谷選手がいう『命懸けで』という言葉の意味を、私はようやく理解しつつあるし、学びつつもある。梶谷選手の涙を、友人の涙を、球団職員の方の涙を、ファンの方の涙を僕は一生忘れない。こんな私のために、みんなが泣いてくれたおかげで、私は一度も涙を流すことなく晴れやかな気持ちで次のステージに向かうことができた。この場を借りて改めて感謝を伝えたい。

 戦力外通告というイベントは、終わりであり始まりでもある。私のように、もはや野球選手としての可能性がほぼ0の選手は、次の道に命懸けで向かってほしいし、まだ野球に未練があるならば、行けるところまで行ってほしい。ただ、どんなに素晴らしい選手でも、このイベントは避けては通れない。それを迎えた時に、少しでも後悔がなくやり切ったと思えるような野球人生を歩めたなら、それはこの上ない幸せなことだと思う。そして、まだこのイベントを迎えず、戦力として輝きを放つ選手達は、私達見る側の人間を魅了し続けてほしい。私はすっかり見る側なので、ベイスターズの日本シリーズ出場、そして日本一を願って画面のこちらから応援しようと思う。

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