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「最終回、牧秀悟の魂の叫び」戦力外通告された元投手が綴る、CS敗退のベイスターズがそれでも美しかった理由

文春野球コラム クライマックスシリーズ2022

2022/10/16
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『諦めなければ夢は叶う!』という訳ではないこと

 土砂降りの中走り続けたベイスターズは、徐々に調子を取り戻し本領を発揮し始めると、8月にはついに借金を完済し、誰が予想したことか、首位争いをしているのである。私は見たかった。チームメイトだったみんなが、お世話になったコーチやスタッフの皆さんが、優勝して大騒ぎしているところを。三浦監督の胴上げを。誰もが期待したことだと思う。しかし、スワローズの壁は厚かった。あと少し、もう少し、そんなところまで来ていた。ただ、そのあと少し、もう少しがどれほど遠いことか、果てしないことか、この時は痛感せずにはいられなかった。ただ、まだCSがある。シーズン2位で終えたベイスターが3位のタイガースに勝ち切れば、その「あと少し」を詰めるチャンスは残っているのである。しかし、また「あと少し」のところで、CSは幕を閉じた。

 私はこの試合をテレビで見ていた。久しぶりに手に汗を握るくらい熱い気持ちで野球を観た。テレビの向こうから、ベイスターズの皆様の悔しさが痛いほど伝わる。悔しい内容で終わってしまいはしたが、それよりも、今年も楽しませてくれてありがとう。ただただありがとう、本当にそれに尽きるよつななシーズンだったと思う。

 そして、私はプロ野球という世界の厳しさと美しさを思い出さずにはいられなかった。そもそもプロ野球というステージに辿り着くことさえ至難の業であり、幸いにも私は辿り着きこそしたが、その世界では何一つ爪痕を残すことができなかった。それでも、ただひたすらに夢に向かって突き進んだその日々は、今でも私を強くいさせてくれる。たどり着いて知ったその世界で、打ちのめされて燃え尽きて、報われない夢や目標があるという現実を知った。未来からの無邪気なメッセージも少なくなってきた私に、ベイスターズがまたひとつ小さな元気をくれた。CS3戦目、最終回の牧選手の魂の叫び、藤田選手の最後の悔しさ、それとは対象的なタイガースの選手達。厳しさと美しさ、全てが詰まったようなイニングだった。

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 どれだけ歩いてもたどり着けない場所があるかもしれない、ハナから誰でもたどり着けるような場所ではないという事はわかっている。だからこそ、その夢や目標に大きな価値が生まれるのだと思う。別に価値があるから良いとか悪いとかそういう話ではなく、また、それを目指せるありがたさだったりとか、言い出したら止まらなさそうなので割愛するが。そしてこれは別に野球に限った話ではないし、私を含め、夢や目標が全部叶った、達成できたという人の方が圧倒的に少ない。それでも人は歩いていくのである。私は『人間万事塞翁が馬』という言葉が好きだ。なにか思い通りに行かない時、しんどい時、それでも逃げたくない時、この言葉のおかげで、振り返ればきっと良かったと思えるような気がするからだ。たどり着かない旅かもしれないが、ただその道中で見た景色を宝物にできたらそれはそれで幸せだし、そうであって欲しいと思う。

 今年のベイスターズは、私の中ではそういうシーズンだったし、どん底から勝ち上がっていくさまは、きっとその道中を彩ったはずだ。ただもちろん、だからOKという世界ではないのも事実。来年は今年以上に期待して、走り続けるベイスターズを応援しようと思う。きっと来年はたどり着いてくれるはずだと信じて。

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