季節の変わり目を伝える涼しい空気が、3万3000人近くの熱量を優しく包んでいます。クライマックスシリーズ・ファーストステージ3戦目、1点を追う9回裏、牧秀悟選手が粘って9球目を叩いたレフト前ヒットを皮切りに、代打オースティン選手がライナーのセンター前ヒットで繋ぎ1死満塁!
横浜スタジアムで許された最大圧力として響く応援は、かつてない程の音量となった手拍子です。
代打は、シーズン終盤一軍に戻り、攻守にわたってチームを元気づけた40歳ベテランの藤田一也選手。タイガース湯浅京己投手の初球ストレートをはじき返した打球は前進守備セカンド小幡竜平選手の正面、送球はホームから1塁に渡ってダブルプレー……。
ヘッドスライディングをした藤田選手は立ち上がれず、オースティン選手と小池正晃1塁コーチに両脇を抱えられました。
「勝ち進めなかった」。ベイスターズの、どんな時も諦めず前を向く雰囲気で戦い抜いたシーズンが終わったのです。夢から覚めた感覚とは違います。既に選手たちは夢や想像を超える場面を、何度も見せてくれたのですから。あえて言うなら物語の途中で、突然『2023年に続く……』と字幕を示されてしまった様な。
以前チームスタッフの方から伺った「失うものがない3位からの戦いよりも、首位を追いながら下位チームも気に掛ける2位という立場は、経験が少ないベイスターズにとって案外難しい」という言葉を思い出しました。
それでも神宮球場での戦いに馳せた思いは着地できず「野球の神様から、スワローズに再び挑むのは今でなく、さらに力をつけた来シーズンと示されたのかな」と、とりとめもない考えを巡らせます。
チーム一丸の雰囲気を築き力に変えてきたチームは、戦いを重ねるほどに強くなると信じていました。ここで終わるのはもったいない、もっと成長の幅を見続けたいという願いは、次のステージへと届きませんでした。
「若い人たちも、牧の背中から何かを感じているはず」
雰囲気……ともすると実体がなく言葉に出すだけでは到底良くならない難しいテーマに対して三浦大輔監督を中心にコーチ、選手、スタッフ皆がコミュニケーションを大切にしながら挑み、見事な成果が現れたシーズンと感じています。監督室の扉は開けっ放しで、誰もが気づいたことを言いやすい環境でした。10月3日レギュラーシーズンを戦い終えた後に行われた三浦監督の(複数年)続投会見でも南場智子オーナーが「前向きで明るい雰囲気の中でチームが強くなってくれた、そんな実感を得ている」と評価しています。
試合中のベンチに視線を送ると「雰囲気」を具現化してくれる選手たちがすぐに見つかります。
その代表が大田泰示選手。三浦監督は「ファイターズ時代から持っている力は知っていましたが、ベンチでの元気な声が、ここまでとは」と感謝の言葉。遠藤拓哉メンタルスキルコーチからは「大田さんは、そのままで良いです」と言われたそうです。
6月30日の阪神戦では9回同点のタイムリー、二塁打の後、嶺井博希選手のライト前ヒットで“神走塁”と語り継がれるタッチをかわしたサヨナラのホームイン。チームメイトから大量に祝福の水を浴びました。8月9日の同じ阪神戦では完投した今永昇太投手に白星を贈るサヨナラヒットと、夏場横浜スタジアム17連勝の流れを見事に作った一人です。
「思うところがあったとしても、ベテランが率先して声を出すチームは強い。ベンチスタートでも出場している時と同じ様に集中する。しっかり試合を見ていれば声は出ます」と自身の野球観を話す大田選手。牧選手の事も気に留め「しんどい時もあると思います。でも悔いが残った打席の後も率先して声を出している。森敬斗選手をはじめ若い人たちも、牧の背中から何かを感じているはず。感じた選手が1人でも多いほど、チームは強くなる」と。
ベイスターズの未来図が見える様です。
その大田選手には横浜スタジアムに特別な思いがあります。「ここで監督を胴上げしたい」。東海大相模高校2年と3年の夏、横浜スタジアムでの決勝戦でいずれも本塁打を放ちましたが、あと一歩で甲子園に届かず、監督の胴上げはできませんでした。
大田選手の高校時代、監督として抜群のキャプテンシーを目の当たりにしてきた門馬敬冶さん(現在は岡山県創志学園監督)は、去年末ベイスターズ移籍が発表された際に「良い決断をしたと思います。横浜スタジアムで輝きを取り戻した(大田)泰示を見たい」と話してくれました。
来シーズン、悔しさが歓喜へと変わる輪の中に、きっと大田選手の満面の笑みが見つかるはずです。