小林が山なりの返球をしない理由
マウンドで投手に声をかける小林の姿を見て、中井監督は「相手に響く声をかけられる男」と感じていたという。
「ピッチャーにはいろんなタイプがあって『大丈夫だ!』と声をかけると大丈夫じゃなくなるタイプもいれば、『頑張れ!』といわれると頑張れなくなるタイプもいる。『打たれてしまえ!』と言うと抑えるタイプもいれば、『おまえが打たれるわけがない』と言うと、いい球を投げられるタイプがいたりする。そのタイプは十人十色といっていい。
でも誠司はピッチャーの気質を踏まえた上で、タイプに合わせたアドバイスを送れていた。これは技術ではない、誠司の長けた能力であり、キャッチャーとしての適性ともいえる。私の想像をはるかに超える『無形の力』を彼はもっていた。彼が大学、社会人でも成長を続け、プロ野球選手になれた最大の要因だと私は思っています」
「無形の力」というフレーズを聞いて、私は10年前に小林が語ってくれた「こだわりの返球論」を思い出していた。
筆者は小林が投手に返球する際、山なりの緩いボールを投げたシーンを見たことがなかった。そのことを小林に伝えると、「ピッとした強めの球をピッチャーの胸に返すことは強く意識しています」との答えが返ってきた。
「自分がピッチャーをやっていた時にフワーンと緩く返されるのが嫌だったこともあるし、基本的にピッチャーは自分がボールを持っていないと安心しない生き物なので、早くボールを返してあげたいという思いもあります。それにフワーンと緩く返すよりピッと返す方が、チーム全体にいいリズムが生まれる。次の攻撃にもいいリズムで入っていける。自分はそう信じ、返球にはこだわっています」
一昨年、斉藤和巳氏(現・ソフトバンク1軍投手コーチ)は、今もなお捕手として成長を続ける小林を称賛するコメントをSNS上で発していた。
「現役でキャッチングがうまいと感じるのは小林。セ・リーグではもうダントツです。やっぱりうまいです。こういうキャッチャー相手に投げたら気分いいんだろうなと。若いピッチャーの引っ張り方や配球の面でも成長したなぁって思う。試合にあまり出られなくなってからの方が、キャッチャーとして成長したんちゃうかなって思いますね」
入団4年目の2017年に138試合に出場したが、近年は大城卓三に正捕手を譲る形で出番を減らしている。
昨シーズン終了時点の通算打率は.208。有形、無形を問わない高いディフェンス力を誇るだけに、課題の打撃面に改善が見えれば、レギュラー復帰だって……という思いは拭えない。
中井監督は「どんなに打てなくても誠司を外す気はなかった」と考えていたそうだ。
「9番を打つことが多く、送りバントばかリしてるような選手でしたが、誠司には『打たんでいいから、とにかくしっかり守っとけ!』とずっと言っていた気がします。そして彼はぼくの言いつけをしっかり守っていました。ぜんぜん打たなかったですから」
きっと恩師の言いつけを今も律儀に守っているのだろう。
攻守に能力の高い大城の力はもちろん必要だ。そんななか、無形の力をもつ小林の存在感が出てくれば、巨人の反攻が始まるのではないか――。そんな予感がしている。
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