お立ち台で見せる笑顔に安堵(あんど)感が漂った。5月2日のロッテ戦(楽天モバイル)。プロ野球史上51人目となる通算150勝目をつかんだ岸孝之は「150勝を目標にして、だいぶ時間がかかってしまった。みんなにプレッシャーをかけてしまった思いもあって、何とか達成できてホッとしています」と目尻を下げた。
西武時代から「王子(プリンス)」の異名を持つ38歳。内面もイケメンであることが伺えるエピーソードがある。昨年3月27日のロッテ戦(楽天生命)。佐々木朗希との投げ合いで6回1失点の好投を披露したものの、2点リードの8回にセットアッパーの安楽が4点を失い白星が消えた。
大記録がかかる大事なシーズンの一発目で先輩の快投に応えられなかった安楽の表情は当然ながら暗かった。「初めての開幕セットアッパーで、ほとんど緊張はする方ではないんですけど、いつも以上にあたふたした感じもあって試合をひっくり返された。落ち込んでいるなかで、岸さんからも『1個勝ちを消されたな』と冗談を言って笑ってもらった。それで気持ちが少し晴れた。中継ぎをやっている以上、人の勝ちを消すことはやりたくないこと。そうやって言ってもらったことでその後、(6試合連続)無失点が続きましたし、あの言葉にすごく救われました」と回想。ベテランの優しさが身に染みたという。
結果的にこの1勝が拾えていれば……という野暮(やぼ)な話はやめておくが、9月に149個目の白星をつかんでから4度足踏みすることになる。冒頭のコメントの裏側にはこういった裏話がいくつもある。
「岸さんが僕を育ててくれたと言っても過言じゃない」
岸はこれまで積み上げてきた勝利は「チームメートみんなのお陰もありますけど、やっぱり一番は捕手」と女房役をたたえてきた。弊紙の記録担当調べによると、150勝のうち、勝ち星を共にした試合の先発捕手は炭谷銀仁朗(81勝)、細川亨(元西武、ソフトバンク、楽天、ロッテ=34勝)、嶋基宏(元楽天、ヤクルト=18勝)が上位に並ぶ。
西武時代から現在もコンビを組む炭谷について岸は「半分以上(の勝ち星)は銀仁朗でしょ。こっち(楽天)に来てからは自分のことを良く知っているという信頼感がある。若い時は(いつも)盗塁を刺してくれた。(自分は)クイックもしなかった。銀、頼んだよ(刺してね)って」と若かりし頃を懐かしそうに振り返った。
一方の相棒は岸から多くの学びを得たという。「岸さんはリードしやすい投手ですね。僕の中では最初に岸さんでカーブの使い方を覚えたんです。西武にいた時は今監督をされている石井(一久)さんも真っすぐとカーブを使っていて、その後に出てきた(菊池)雄星もそう。カーブの使い方というのが、僕の野球人生の一つの武器になっている。今だったら滝中がそうですよ。岸さんが僕を育ててくれたと言っても過言じゃない。岸さんが僕に『任せっきりだった』と言いながらも、僕はそう思ってますよ」と感謝の思いを胸に抱いてボールを受けてきた。
節目の試合では先輩を援護する2本のタイムリーを放ち、一緒にお立ち台に上がった。「僕も36歳ですし、岸さんも今年39歳。1年でも長く2人でやりたい」と宣言。今後もタッグを組んで白星を積み重ねていくシーンが目に浮かぶ。