同席しようとした広報を制して「2人で話したい」
2日後の6月11日のヤクルト戦で敗れた後、ロッカールームに続く長い階段の下で平石HCコーチを待った。「もし答えてくれるなら」と前置きして質問を問いかけるか、2日前の取材の意図を先に説明するか、正直迷っていた。
やって来た平石HCコーチの隣には、先にぶら下がり取材をする記者がいた。2人の少し先を歩いて自分の存在を示しながら、ロッカールームに続く通路裏の階段を登り切り、足を止めて話す平石HCと記者のやり取りに耳を傾けた。ビハインドを1点差に縮めた7回裏、チャンスでライトフライに終わった鈴木将平の積極性を称える内容だった。
筆者にとっても、興味がある内容だった。平石HCとその記者のやり取りに割って入るか、話が終わるまで待つか……。後者の選択をしたはずが、記者の質問に対する返答が終わりに近づいた頃、思わず流れで質問を投げかけた。
平石HCは筆者に鋭い視線を向けると、数秒間沈黙した後、一気に声を張り上げた。
「謝罪が先だろ! 失礼な質問ばかりしやがって!」
思わず圧倒されそうな剣幕だった。だが、答えにくい質問をしている自覚はあるが、記者として自分で確認すべき質問をしているだけなので、一歩も引くわけにはかない。
もちろん質問の内容がどのように受け止められるかが、相手に委ねられることはわかっている。不快な思いをさせたことは詫びた上で、記者として直接尋ねる必要があったと説明した。平石HCと同じくらい、声を張り上げて答えた。
大声で問答を続けていると、異常事態を聞きつけた広報が走ってきて、文字どおり割って入った。その状態のまま、平石HCと筆者のやり取りはしばし続いた。
数分後、だろうか。会見から引き上げて来た松井稼頭央監督が筆者のプレスパスに目をやったので、名前を告げると、松井監督は黙って平石HCを連れ帰った。
同じく異常事態に気づいて来てくれた、取材仲間の記者に一連のやり取りを説明していると、広報からメールが入った。平石HCが話したいという。呼ばれた小部屋に行くと、少ししてやって来た平石HCは「2人で話したい」と、同席しようとした広報を制した。
互いの胸の内を率直に語り合った。激怒するほど不快な思いをさせたことは謝った一方、当然、こちらも記者として厳しい質問をする理由はある。その意図を丁寧に説明した。
それぞれ指導者、取材者としてのスタンスも含めて30分ほど話した。「こうやってじっくり話すと、印象が全然違いますね」。そう笑った平石HCは、筆者と同じような性格だと感じた。
平石HCは西武を「ぬるい」と言うが、同様に筆者もプロ野球の取材現場を「ぬるい」と感じている。20代中盤だった2005年から当時セルティックの中村俊輔(現横浜FCコーチ)を4年間密着取材すると、本場・英国のジャーナリズムを肌で知った。タブロイド紙から高級紙まで、番記者たちは総じて監督、選手に厳しい質問を正面からぶつけ、舌鋒鋭く筆をふるった。現場と記者のバチバチしたやり取りが、英国のサッカー文化を豊潤にしているのだと知った。
翻って日本の野球界は、記者が首脳陣に答えにくい質問をすると、睨みつけられるような関係性にある。とりわけ野球の打順や戦術などを懐疑的に尋ねると、「俺たちより野球を知っているのか?」と言うがごとく、「失礼だ」と切り捨てられる傾向にある。だから記者が萎縮し、厳しいことは聞かない。本当の意味でのジャーナリストは、野球界にはほとんどいないように感じる。
今、どん底にいる西武に対してもそうだ。課題ばかりなのに、ポジティブな面にしか目を向けようとしない。それは人が生きる上で大切な姿勢かもしれないが、記者としては「ぬるい」。自分はそんな記者になりたくないし、10年以上取材しながら「変われない西武」の体質が気になっていたので、第三者として球団の抱える「ぬるさ」と向き合おうと思った。
平石HCは、筆者の質問にすべて正面から答えた。「覚悟がいることでしたか」と聞いた6月9日の取材で「失礼」と怒ったのは、彼にすれば、プロの指導者として当然すぎることを聞かれたからだろう。
もちろん胸の内は察する一方、記者として憶測で書くわけにはいかない。失礼を承知で、あえて確認した。その意図を説明すると、「ぶら下がり取材は時間が限られているから、そこまで相手の意図がわからないよ。それならインタビューを申し込んでくれればいいのに」と笑っていた。自分としては、ぶら下がり取材の緊張感が必要だったと伝えた。
話し合いが終わりに近づき、最後に握手を求めようか迷っていると、彼から右手を差し出してきた。力強かった。十分すぎるくらい、平石HCの覚悟を身をもって知った。
もっとも、今の西武に対して「頑張っているから」という理由で擁護する気はない。プロは結果がすべての世界だ。結果で語らなければ、むしろ失礼に当たる。
果たして、「ぬるい」西武は変われるだろうか――。
記者として、もう少し見守っていきたい。
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