初めましての時に、すぐファンになってしまいそうだった。昨オフに初めて行われた現役ドラフトでホークスにやってきた古川侑利投手だ。

 もちろん、地元九州の有田工業高校から甲子園に出場して、プロの世界に飛び込んだ古川投手のことは知っていたし、楽天→巨人→日本ハムと渡り歩いて来たことも。ホークスが4球団目となった投げっぷりのいい右腕だ。

 ただ、どんな人なのかまでは知らなかった。ホークスに移籍してきてからも、タイミング的になかなか取材する機会がなかった。しかし、高校時代にも古川投手を取材していた西スポのH口記者が「古川くんめっちゃ良い子よ」「人の悪口とかも絶対言わないし」「上杉さんもファンになると思うよ」と私に度々入れ知恵をしてくれていた。H口記者からのタレコミで古川投手のイメージだけが先に作り上げられ、勝手に“良い人ハードル”が上がっていった。

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 そんなこんなで、待ちに待った取材機会が訪れたのは5月19日。1軍に登録されながらも登板機会がなく、ファームで調整登板した時のことだった。登板後、数人の記者さんたちと古川投手を囲み取材したのだが、囲んだ瞬間「あ、絶対良い人だ」と感じずにはいられなかった。H口記者にめちゃくちゃハードルを上げられていたにも関わらず(笑)、その勝手なイメージを裏切らない好青年だった。

 開幕1軍を勝ち取りながらも、その時点で1軍で5試合の登板にとどまっていた古川投手は、中15日で2軍戦のマウンドに上がった。中15日という、ピッチャーとしてはストレスフルな状況だったにも関わらず、驚くほど清々しい笑顔で、その日々を振り返ってくれた。神対応も神対応だった。

ウエスタン・リーグ初登板の古川投手 ©上杉あずさ

元同僚たちも驚いた古川投手の変貌っぷり

 古川投手は、なかなか登板機会を得られず、ホークスに来て早々に中16日、中15日を経験。もどかしい思いも当然あったし、不安な気持ちもあった。名前が呼ばれなかった日は「今日も投げられなかった」とは思うものの、「ファイターズの時も中16日とか、18日とかはあったので。それを経験していたので大丈夫」と自らを鼓舞してメンタルを保ちながら、「毎日行くつもりでいた」と訪れる登板機会に備えていた。練習で遠投を長めにしたり、ブルペンで球数を放ったり、トレーニングを入れたり。登板が空く中での過ごし方は自分なりに工夫していた。いつ名前を呼ばれてもいいようにしつつも、登板が空いているからこそ出来ることをやろうと前向きだった古川投手。

「そもそも上がり(ベンチに入らない)の日もあったので。『今日も投げられなかった』って落ち込むより、 なんか自分にプラスに出来ることがあるかもしれないっていうふうに考えて、ウエートを多くやってみたり。自分のためになるように過ごそうと思っていましたね。ベンチに入れていないってことは、自分のちゃんとした地位を確立できてないんで、ベンチに入ってチームの力になるためにはどうしたらいいのかっていうふうにマインドを変えていって、自分のやるべきことを毎日やろうって」と清々しく話してくれた。1つや2つ、愚痴をボヤいてもおかしくないのに、受け止め方がすごくポジティブだった。

 中でも、ホークスに来たからこそ熱心に取り組んでいることがウエートトレーニングだ。「1軍いる時は登板間隔が空いてたので、結構がっつり入れてましたね」と笑う。今は2軍で定期的に投げられているため、頻度は身体の状態にもよるが、熱心に行ってムキムキになってきている。ホークスに来る前の古川投手をご存知のファンの皆さんは、恐らくその肉体の変化にお気付きだろう。聞くところによると、現役ドラフトでホークス移籍が決まってから、本格的にウエートトレーニングに取り組み始めたそうだ。ホークスには身体の大きい選手、球の速い選手が多い印象があり、古川投手も新天地で新しい自分に挑戦しようと思ったそうだ。

 ちなみに、ファイターズと今季初めて対戦した時は、元同僚たちも古川投手の変貌っぷりに驚いていたという。相手投手の攻略方法や情報共有を行う試合前の野手ミーティングでは、「古川侑利 下半身強化」と話題に挙がり、警戒されていたそうだ。

励まし、盛り上げ、前向きにさせてくれる天才

 でも、そんな古川投手だが、最初から今のようなポジティブマインドでいられた訳では無いという。ジャイアンツ時代もなかなか試合に絡めず苦しんだ。「結構モヤモヤして、落ち込むじゃないですけど、 『1軍にいるのに何してるんやろ』みたいな。でも、そうやって考えても何も解決しないので。だから、とにかく自分の能力を向上させるためにはどうすべきかってことばっかり考えるようになりましたね」と言う。「やけくそにはなりたくないっすね。何がなんでも。やけくそになったら、諦めてるみたいじゃないですか。それは絶対にしたくなかったですね」。ただただ前向きなだけではない、心の奥底にある芯の強さを感じた。

 選手としての魅力だけではなく、話を聞けば聞くほど、古川侑利という人間が本当に素敵だと思ったし、師と仰ぎたくなった。

 私事ではあるが、「九州ハニーズ」というクラブチームで硬式野球をしている。私もピッチャーで、古川投手とは立場も状況も能力も違うのは重々承知だが、なかなか試合に絡めなくて悔しい気持ちを常に持っていた。やる気はいつでも満々なのだが、登板機会を掴めない。せっかく登板機会を掴めそうな日は雨天中止。持ってないし、未熟な私は、気持ちを保つのが難しかった。だから、古川投手を取材していると、常に前向きなマインドですごいなと思ったし、キラキラしていて眩しかった。一喜一憂している自分が恥ずかしくもなった。

 取材後、思い切って、古川投手にそのことを切り出してみた。野球をしていることと登板機会がなかなか掴めないということを伝えてみると、「え! 中何日ですか? 3週間? ほぼ1ヶ月か! 自分ばりに離れてるじゃないですか」と全力で笑ってくれた。マウンドが離れていることに関して、「何が一番不安ですか?」とそのまま“お悩み相談”させてくれた。師と仰がせてくれた。

 さらに、古川先生は言う。「例えば、試合でボコボコに打たれました。もちろん、反省するところは反省するけど、 でも、その中にポジティブ要素もあったよねって。いいところを少しでも見つけて、『これができたから別にいいや』っていうふうに、ちょっとしたポジティブ要素を探すって感じですかね」。今度は私が「スライダーが曲がらない時がある」と言うと、「それはそれでタイミングをズラせるボールになったってことですよ。バッターも曲がると思っていたら曲がらないってなって、要はタイミングをズラせばいいんだから」と上手くいかないことさえプラスの思考。当然、練習では改善、修正する努力をするが、試合では自分を盛り上げ、ポジティブで勝負。

 古川先生の言葉は、野球以外にも言えることだろう。「ツイてないな」と思う1日の中で小さな幸せを見つける的な感じ。松岡修造さんとはまたタイプは違いそうだが、励まし、盛り上げ、前向きにさせてくれる天才だと思った。

いつでも楽しそうに野球をする古川投手 ©上杉あずさ

ポジティブマインドのきっかけは “BIGBOSS”との出会い

 4球団を渡り歩き、いろんな経験をしてきたからこそたどり着いたポジティブマインド。その中でも、古川投手にとって非常に大きな出来事だったのが、“BIGBOSS”との出会いだった。「ファイターズに行って学んだというか。BIGBOSSに『楽しめ楽しめ』ってずっと言われていたので。そこは自分の中で今もずっと意識しているところです」と新庄剛志監督に思いを馳せた。

 一昨年、ジャイアンツを戦力外になって受験した12球団合同トライアウト。そこで、新庄監督の目に留まり、育成選手としてファイターズで再出発。開幕前に支配下を勝ち取り、自己最多34試合の登板を果たす1年を過ごした。プロでの夢を繋ぎ止めてくれた球団、新庄監督に感謝は尽きないが、新庄監督に感謝したいのはそれだけではない。「野球を楽しむ」という原点を心の底から思い出させてくれた。何事もポジティブ変換することも、BIGBOSSに教わったことだった。「今までは楽しむとかじゃなくて、とにかく必死。今ももちろん必死ですけど、その中に『抑えて嬉しい』とか『野球が楽しい』があるみたいな」と楽しむことが古川投手にとって大切な基盤になったのだ。

 在籍したのは1年間だったが、ファイターズでの1年間は「めちゃくちゃ濃かった。すごく成長できた1年だった」。ホークス移籍後のファイターズ戦で、BIGBOSSに挨拶に行くと「おー元気?」とフランクに迎えられ、「俺は古川君を獲ってよかったよ」とさりげなく温かい声を掛けられた。「めっちゃ嬉しかったですね、あの言葉は」と古川投手は恩人にまた大きなパワーを貰ったのだった。

 7月はウエスタン・リーグ7試合に登板して無失点。現在は10試合連続無失点投球中で、防御率も0点台に。再昇格へとアピールが続いているが、当の本人は7月無失点も防御率が0点台になったことも「え、そうなんですか?」と“初耳”の朗報としてクシャっと笑った。あまり数字を見ないのは「抑えなきゃ」と自分を縛り付けてしまうから。「野球を楽しむ」精神がここにも表れていた。

 知れば知るほど、“良い人”だけではない、優しさの中にある強さが見えてくる。プロ10年目——。球界を渡り歩き、たくさんの経験を重ね、地元九州に帰ってきた古川侑利投手の真価はこれからもっと発揮されると思うし、もっともっとホークスで輝いて欲しい。古川投手を見る度に、ポジティブになれて、もっと野球を楽しめるようになりそうだ。

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