映画にドラマ、多くの人々が感動するのはどんな場面でしょうか?

 苦難の先の歓喜、背負ったピンチからの逆転。逆境を跳ね返す姿や、絶望を乗り越えていく姿に心を震わせる。そんな作品は数多くあります。

 逆境に立たされる主人公に自らを重ね合わせ、感情移入できるのだと思います。

ADVERTISEMENT

 我々プロ野球ファンは選手に惹かれる時、その華々しい活躍に魅せられる一方で、その裏にある苦しく険しい道のりにも大きく感情を揺さぶられます。

 今回は苦難のシーズンを過ごす選手にスポットライトを当てたいと思います。2023年のジャイアンツでエースナンバー・18を背負う菅野智之投手です。

菅野智之 ©時事通信社

苦しい時こそ真価が問われる

 今シーズンの菅野投手は、怪我による出遅れで初登板が6月に。7月にはプロ入り最短、1アウトしか取れず6失点で降板し、8月27日現在3勝5敗と、らしくない数字になっています。

 実績を並べれば2度の沢村賞をはじめ20個以上のタイトルを獲得している。そんなスーパースターが陥った苦難。

 23歳の戸郷翔征投手の10勝、24歳山崎伊織投手の9勝と背番号20と19を背負う後輩の勝ち星に遠く及ばない3勝。

 後輩2人よりも若い背番号18を背負う33歳のベテランの心中は、なかなか厳しいものがあるはずです。

 そんな中で迎えた8月23日の東京ドームのヤクルト戦。その先発マウンドに立った菅野投手。

 しかし、この日は試合開始直前に決まった緊急登板。

 登板予定だった選手が練習中に怪我をしたのです。通常こういった時には中継ぎ待機する投手陣でやりくりすることが多いですが、菅野投手は自ら志願したと言います。

 本調子とはいえない時に、チームのために一肌脱ぐという行為。

 これは僕には絶対にできない芸当です。

 純烈というグループで活動している僕ですが、通常時のライブであれば他のメンバーや客席など全体に目を配り何かあれば対応していこうと心構えをしているつもりです。

 しかし、体調が優れなかったりした時には、どうしても自分の持ち場を全うすることで手いっぱいに。ステージ上での自分のパフォーマンスに意識を取られ、視野が狭くなってしまうのです。

 菅野投手自身、試合後にこう振り返っています。

「絶対誰かが行かないといけない状況。僕の中で迷いとかそういうのはなくて……なんとなく体が動かされたという感じです」

 苦しい時に自分のためでなく、仲間のために体を張れる姿。

 沢村賞を受賞した時の相手チームに絶望感を与える圧倒的な活躍以上に、この日の菅野投手は僕の胸を打ちました。

目覚めた変化

 プロ野球選手は個人事業主です。

 チームの成績は大事ですが、投手であれば自分が投げる試合の成績で評価が上下します。つまり、できる限り万全の状態で試合を迎えたいと思うのが自然です。

 この日の試合後のインタビューには、菅野投手の変化を感じる部分がありました。

「チームが勝って、自分の仕事は全うしたと思っているので。よかったと思います」

 この日は7回を投げて3失点。チームは勝利したものの、菅野投手には勝ち負けはつかずという内容でした。

 タイトルを総なめにしていた頃の菅野投手のイメージといえば「完璧主義者」です。

 投げる試合では完封、完投を目指し9回に1失点でもしたら、ヒーローインタビューでは納得いかない表情で反省を口にする。

 それが緊急登板だったとはいえ、7回3失点という結果でもチームがサヨナラ勝ちを収めたことで安堵とともに自分への及第点を口にしていたのです。

 僕は菅野投手に対して、以前よりも親近感のようなものを感じました。

 完璧主義で生きるにはあまりにも実力が足りない僕としては、毎ステージ60点くらいを及第点として挑んでいます。

 自分の出来やパフォーマンスの中身というよりは、結果としてお客さんが満足気な表情で帰ればOK。その意識はデビュー以来一貫して持っているもの。

 この日の菅野投手の「チームが勝ったからよしとする」という雰囲気は、以前にはなかったものだと思うのです。

 そして勝ち星では後輩の後塵を拝している菅野投手ですが、その存在感と影響力は絶大なものがあります。