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「コーチが死ねと言ったら死ぬのか?」サイドスローの師匠・田原誠次が巨人・中川皓太を叱りつけた日

文春野球コラム ペナントレース2023

2023/08/17
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 中継ぎ投手は、ある意味「使い捨て」のようなものです。毎年新しい人材が入ってきては競争をさせられ、力のない選手、ケガをした選手からクビになっていきます。

 1軍で地位を築いていない中継ぎ投手など、常に冷や冷やしながらプレーしています。秋のドラフト会議の時期がやってくると、「今年はどんな人が入ってくるんだろう?」と指名選手の顔ぶれを調べます。中継ぎタイプと思われる選手、即戦力になる可能性がある選手がいると、それだけで憂鬱になります。

 キャンプの時期が来て新人から挨拶を受ければ、うわべでは「仲良くしよう」と努めます。でも、心のなかでは「あいつには絶対に負けない」と思っています。自分にとって、蹴落としていかなければいけないライバルだからです。

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「横から投げたほうがいいのに……」

 2015年に巨人に入団してきた中川皓太もそんな存在でした。僕も中川もドラフト7位入団という共通点がありましたが、シンパシーなどありません。僕は高校も社会人も名門チームではなく、華々しい実績などなかった「7位が妥当」な選手。一方の中川は高校から有名で、名門・東海大出身。左投手で150キロ級のスピードボールを投げる「これで7位なの?」という存在でした。

中川皓太 ©時事通信社

 僕も人見知りですが、入団当初の中川もだいぶ人見知りでした。食事に行くのも、ともに先輩に連れて行ってもらうタイプ。なので、中川と食事に行く回数は多くありませんでした。ベビーフェイスで、女の子からの人気が高いヤツ。中川に対する印象はそれくらいのものでした。

 中川はプロの高い壁にはね返されていました。2軍では完璧に抑えるのに、1軍に上がると打たれてしまう。

 僕は「何が違うのかな?」と思いながら見ていました。

 入団当初の中川はオーソドックスな角度から投げる左投手でした。スピードを追い求めすぎなのか体の開きが早く、打者にとっては見やすいフォーム。決め球のスライダーも特徴がなく、脅威に感じないボールでした。

 そんな中川を見て、僕は「横から投げたほうがいいのに」と思っていました。

 もちろん、根拠があります。プロの投手はよく、フィールディングの練習をします。中川のフィールディングを観察していると、いつも横の位置から左腕を振っていました。人間は元来ラクをしたい動物。ゴロを捕ってから投げる際、自分にとってラクに腕を振れるところで投げたくなるものです。中川の腕の振りはとてもスムーズで、横投げが合っているようでした。

 でも、それを本人に伝えることはありませんでした。チームメートとはいっても、プロ野球選手は個人事業主。自分のことは自分で気づくべきで、他人に言われてからやるようでは遅いと僕は考えていたからです。

 2018年、プロ3年目の中川は1軍でくすぶり続けていました。たしか京セラドーム大阪での阪神戦だったと思います。阿部慎之助さんが目慣らしのためにブルペンへと入ってきました。

 その時、キャッチボールをしていた中川を見て、阿部さんはこう言いました。

「いつまで上で投げてんだよ。そんなんじゃ、いつまで経っても普通のピッチャーだよ」

 冗談めかした口ぶりではありましたが、僕は「阿部さんもそう思っていたんだ」と感じました。

 阿部さんの言葉もあり、僕は中川にこう告げました。

「はっきり言って、俺もそう思ってたよ。もし、お前に興味があるなら教えてもいいよ」

 その日から、1軍に帯同しながら中川にサイドスローを教える日々が始まりました。

 同僚のことを「蹴落とすライバル」と考えていた僕にも、心境の変化が生まれていました。2016年に64試合に登板するなど、ある程度の地位を築けていたこと。そして、入団1年目の2012年に味わった日本一をどうしても達成したかったこと。その意味で、中川という存在は「絶対に必要になる選手」だと感じていました。

 そして、サイドスローを習得するには、特別な技術が必要になります。僕は高校時代にサイドへ転向しましたが、投げ方を教えられる指導者がいなかったため自分を実験台にして投げ方を会得しました。

 オーバースローはマウンドの傾斜を生かして重力を利用する投げ方ができますが、サイドスローは並進運動の推進力と捻転によって力を生み出さなければなりません。僕は「サイドスローはオーバースローとは別の生き物」ととらえています。中川には股関節の使い方からレクチャーし、下半身を使って投げる方法を覚えさせました。

 中川のためだけにキャッチャーミットを購入し、試合前の練習でボールを受けていました。受けながら、「ハイ、違う」「今のいいね!」「今の何が違うかわかる?」などと1球1球声をかけていきました。

 思った通り、やはり中川の腕の振りは横のほうが合っていました。その年にチームが優勝を逃したこともあって、僕は消化試合でサイドを試すべきだと中川に伝えました。

 ところが、中川は「コーチになんか言われるかもしれないんで……」と尻込みするのです。僕は「そんなの関係ないやん」と言いました。どう見ても、上から投げるより横から投げたほうが、いいボールを投げていたからです。

 その試合、中川は横から投げませんでした。試合が終わってロッカールームに戻ると、僕は中川に「なんで投げんと?」と聞きました。中川はまだ「いや、コーチとかに言われたら……」と言い訳してきます。僕は頭にきて、こう言い放ちました。

「じゃあ、おまえ、コーチに『死ね』って言われたら死ぬんやね? 自分の人生なんやけぇ、自分で考えてやれよ。俺、なんでこれだけおまえに付き合ってると思うとうと? もう明日から付き合わんけぇ、勝手にしろ」

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