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どこでも守れるユーティリティ

 そんな彼も、いつしかどこでも守れるユーティリティプレイヤーとして、1軍で自分の立ち位置を獲得。僕と同じく一度も規定打席に達したことがありませんが、2017年には松山での中日ドラゴンズ戦でサヨナラ満塁ホームラン、翌2018年には神宮でサヨナラ打の翌日に代打満塁ホームランを放ち2夜連続でお立ち台にあがったこともありました。2021年の日本一を決めた試合ではウィニングボールを掴むなど、節目節目で「記憶に残る活躍」をしたのでした。

 今年36歳。奇しくも僕と同じ年齢でユニフォームを脱ぐことになりました。一報を聞いたとき、球団の人から「SNSで発表するための写真を選んでほしい」と頼まれました。僕は彼を象徴する1枚として、「松山のサヨナラ満塁ホームラン」をチョイスしアップしました。

人一倍努力する男

 今シーズンは9月30日の「引退試合」まで一度も1軍に呼ばれなかった彼。30代の嶋基宏、坂口智隆、内川聖一さんが去年で引退し、西浦直亨はベイスターズへトレード移籍。20代の野手が大半となった戸田で、若者に負けじと、人一倍努力し、背中を見せていたベテランの姿を僕は知っています。

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 9月26日の戸田での「引退試合」。このときは僕は配信で見ていたのですが、併殺打を打っても全力で一塁を駆け抜ける姿に彼の意識が表れていました。僕も2軍の「引退試合」で綺麗なゲッツーを打ってしまったことを思い出し、「同じやん!」と思わずツッコミを入れてしまいましたが、彼の晴れやかな表情を見て、感じるものがありました。

 9月30日の「引退試合」は練習から球場入り、そして試合後までカメラを持って彼に密着しました(この様子は球団公式YouTubeでご覧ください)。そういえば、僕の引退試合の写真や映像にも、満面の笑みの彼が常に寄り添っていてくれたことを思い出しながら、僕も笑顔でカメラを回しました。

最終打席はあわや…

 満員の神宮球場7回裏。スワローズファン、そしてベイスターズファンの大きな拍手を受け代打として打席に立つも空振り三振。そのまま一塁の守備について、9回裏、2打席目が回ってきました。芯で捉えた打球はレフトスタンドへ……と思ったけれど失速。試合後「アレが入っていたら辞めてないです」というコメントが印象的でした。

 実は、この原稿を書くために彼との思い出を棚卸ししたのですが、「特筆すべきものがない」。でもそれは、彼がいつもそこにいたからこそ「特別な思い出がない」のです。選手時代、10年間一緒に苦楽をともにしましたが、そんなに苦楽を苦楽とも感じさせない関係。多くを語らないまでも、なんか理解できているような心地よい関係でした。

 彼と過ごしたこれまでの時間は僕の宝物のひとつです。実は、下の名前で選手を呼ぶことがほとんどない僕、でも彼は違いました。だから最後にこう書かせてください。

 貴裕、14年間本当におつかれさまでした。

最終戦後に胴上げされる荒木貴裕 ©時事通信社

北のほうから熱烈オファーを送ってきていたあの男にも惜別を

 あっ、最後にもうひとつだけ書かせてください。

「三輪さん、いつ出してくれるんですか? いつ出してくれるんですか? 文春野球にいつ出してくれるんですか!?」

 と北のほうに行っても、頻繁にメッセージをくれたあの男。

「お前は秘密兵器だから、ちょっと待ってろ!」とかわしていたけど、本当は他球団所属になったから書けなかったことをここに告白します。

 9月27日に行われた盛大な引退セレモニーのとき、盛大な花を送ろうと思ったのですが、本人にそれとなく聞くと「三輪さんクラスは後ろのほうに置かれちゃいますね」ってはっきりと言われ、それなら自宅に送ろうかと気を利かせると「いっぱいで溢れちゃいますね」とつれなかった7つ下のあの男。

「じゃぁ何がいい?」と聞けば「ふぐ」と図々しく答えるあの男。仕方ないので、我が故郷・山口のちょっといい「ふぐセット」をお正月に送ることを約束しました。

 いまだ独身の貴裕と違って、家族があるあの男。ふぐでも囲みながら、ゆっくりと家族との時間を過ごしてほしいと思います。

 スワローズでは6年のつきあいだったけど、結構濃い時間を過ごしたな。11年間の現役生活おつかれさまでした。文春野球でお前のこと書くという約束は守ったぞ、谷内!

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