実妹からの“驚きの提案”
――養子縁組については検討されましたか?
石原 アメリカでは養子縁組は珍しいことではなく、同じ屋根の下で、肌の色が違っていても自分たちの子どもとして愛情深く育てている家庭がとても多いので、違和感はありませんでした。
ただ、医師からは、「自分たちの精子と卵子が使える状況なら、二人の受精卵で、代理母に産んでもらうことを検討してもいいのでは」と言われたことは大きかったと思います。それで一連の話を妹に話したところ、思いもよらず妹が代理母に名乗りを上げてくれたというわけです。
――妹さんの申し出にどう思われましたか?
石原 あれは2度目の妊娠で、子宮が裂けてしまったときのことです。私がまだ入院中でベッドで寝ていると、夫が妹と電話で繋いでくれました。電話口で妹に、流産してしまったこと、子宮も裂けてしまって今後どうなるか分からないことを伝えたら、「いつか私が産んであげるから大丈夫」と、妹が言ってくれたんです。もちろん、その時は代理出産のことはまったく頭になくて、妹もただ私を励ましたくて言ったことなんですけどね。
その後、あらためて医師から子供を授かる方法として代理母出産か養子縁組の選択肢を提示され、そのことを妹に電話で話したら、「私が産めるのかな」と、妹がまた言ってくれたんです。彼女から「私が産む」と聞いたのは、これで2度目でした。
すでに妹には2人の子どもがいて、妹が言うには、自分は妊娠しやすい身体だろうし、妊娠の際に合併症もなく経過も順調で、子どもも健康体で生まれてきたから、きっと代理母になれるだろう、と思っていたようです。妹の提案に夫はポジティブでした。
周囲の反応は…
――一気に代理母出産の現実味が増したのですね。
石原 でも親族間で本当にそんなことができるのか。妹の身体は大丈夫なのか。とにかく私は分からないことが多かったので、主治医に妹が産むことは可能かどうか聞いてみたんです。そしたら、その医師が提示する代理母になる条件として、子どもを実際に産んで育てていること、妊娠・出産の過程において合併症などトラブルがなかったこと、あとはアメリカ在住であるということで、妹が代理母になる条件が揃っていました。
医師からは、妹にすぐ来てもらうようにと言われました。それで妹が住んでいた他州からロサンゼルスまで来てくれて、代理母になるための医療的な適性検査をパスし、妹が代理母になることが決定したのです。
急な展開に私自身の気持ちは追いつかずにいたのですが、妹はもともと楽観的で、悩みがないのが悩みという性格。このときも「悩んでても始まらないから、とにかく一回やってみよう」と、妹に背中をどんどん押されていきました。
――妹さんが代理母になることに対し、周囲の方々の反応はいかがでしたか。