前日本国駐中国特命全権大使・垂秀夫氏は、中国の戦略は「時間と認知をどう操作し、相手の選択肢を先に狭められるか」を問うことにあると語る。では、そうした戦略はどのように生まれ、近年どのように実践されてきたのか。垂氏の寄稿から一部紹介する。

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「戦わずして勝つ」と“戦前段階”の設計

 日本外交における戦略的思考の欠如を論じるうえで、比較対照の起点として最も重要なのは、中国の戦略文化である。近代以降の中国政治を貫いてきたのは、「時間を味方にする」「時間を操る」ことを前提とした長期戦略であり、その源流は古代の兵書『孫子』にまでさかのぼる。

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習近平国家主席 ©時事通信社

『孫子』が画期的なのは、戦いを単なる軍事行動ではなく、政治・外交・情報・経済を含んだ総合的な国家運営として捉えた点にある。ここでは力の多寡よりも、「いつ」「どこで」「どのように力を用いるか」が問われる。そして、最も有名な一句が、戦略の本質を端的に言い当てる。

「百戦百勝は善の善なる者に非ざるなり。戦わずして人の兵を屈するは、善の善なる者なり」

 100回戦って100回勝つことが最上なのではない。戦う前に相手の戦意と行動の自由を奪い、抵抗を封じることこそが最上の勝ち方だ、という逆転の発想である。さらに「兵は詭道なり」と言うように、戦いの核心は正面からの力比べではなく、相手の認識・心理・判断をどう操作するかにある。

 この「戦わずして勝つ」という作法は、現代に置き換えれば「武力行使に至る前の政治・情報・法による戦い」であり、今日の中国が重視する「三戦」――輿論戦・心理戦・法律戦――とそのまま接続する。武力行使のはるか手前から、情報発信や法的主張、国際世論工作を通じて相手の立場をじわじわと不利に追い込んでいく。戦略の焦点を軍事侵攻の有無だけに限定すると、戦う前に勝敗を規定する工程を見落とし、後追いの対応になりやすい。

『孫子』はまた、勝ち筋の優先順位を明確に示している。「上兵は謀を伐(う)つ。其の次は交を伐つ。其の次は兵を伐つ。其の下は城を攻む」。最上策は謀略と智力で勝つこと、次善は相手の同盟を断つこと、その次が野戦で勝つこと、最下策が城攻めである。ここから導かれる含意は、現代の安全保障論にとって示唆的だ。台湾問題をめぐり、日本のメディアや識者は「中国はいつ軍事侵攻するのか」という問いを繰り返しがちである。しかし『孫子』の観点からすれば、正面衝突の武力侵攻は下策に近い。