台湾問題に見る中国の戦略

 たとえば中国は対台湾政策で「三戦」を体系的に駆使し、台湾社会に「米国は本当に台湾を守るのか」「台湾軍は戦えるのか」「現政権こそ台湾を危険にさらしているのではないか」といった疑念(いわゆる「三疑」)を繰り返し注入する。ここで狙われるのは、台湾内部の心理的分断であり、戦う前に「抵抗の意思」と「連帯」を摩耗させることである。人的ネットワークの構築や諜報活動の活発化など、政治・行政・軍の中枢を含む各領域への浸透工作を通じて、意思決定を内側から揺さぶる。武力による威嚇は目立つが、それも台湾の人々の自信を喪失させることを狙ったものであると解することも可能であり、純粋に軍事衝突の可能性だけで全体像を捉えると、戦略の“設計図”を読み違える。

中国の戦略文化の源流となった『孫子』(岩波文庫)

 重要なのは、ここがしばしば戦略の主戦場となっているにもかかわらず、外からは「戦争が始まっていない」ように見える点だ。だからこそ厄介である。相手国の意思決定を内部から損ない、同盟の結束を腐食させながら、加害側は「武力を使っていない」という逃げ道を確保できる。台湾をめぐる議論が「軍事侵攻はいつか」だけに収斂すると、まさにこの“戦前段階”で既に進行している認知戦・法律戦・分断工作を見落とし、後追いの対応になりやすい。中国が優先するのは「兵を伐つ」以前、すなわち「謀」(智略)と「交」(外交)である。

 2025年11月7日の高市早苗首相による「台湾有事は存立危機事態になり得る」との国会答弁を契機に日中関係が緊張した局面でも、中国側は日本への反発に留まらず、国際世論と認知枠組みへの働きかけを急いだ。

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 中国側はこの機に乗じて、素早く習近平国家主席自らがトランプ米大統領との電話会談で、日本の動きを「戦後秩序を揺るがしかねないもの」と位置づけ、米中が秩序維持を担うかのような構図へ引き寄せようとした。同様に、王毅外相も欧州や中央アジア等を訪問し、日本における“軍国主義の復活”というナラティブを積極的に発信した。こうしたメッセージは、『孫子』がいう「詭道」の典型例であり、政策論争ではなくレッテル貼りによって相手の正当性を削ぎ、第三国を心理的に遠ざける「交を伐つ」の技法に近い。

 要するに、中国がしているのは軍事力で相手を止める以前に、国際世論の土俵そのものを先に押さえ、日本を“秩序攪乱者”として位置づけようとする試みである。ここでは、抑止・同盟強化という「可視化された力」の運用とは異なる次元に、戦略の中心が置かれている。

※本記事の全文(9500字)は、月刊文藝春秋のウェブメディア「文藝春秋PLUS」と「文藝春秋」2026年4月号に掲載されています(垂秀夫「毛沢東の『時間を操る』知恵」)。

 全文では、毛沢東、鄧小平、習近平という国家指導者たちの戦略について詳細に語られています。

文藝春秋

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毛沢東の「時間を操る」知恵

出典元

文藝春秋

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