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ボインフィルム

人生エロエロ 第455回

みうら じゅん
エンタメ 芸能

 人生の3分の2はいやらしいことを考えてきた。

 中学1年からしばらく映画ノートを付けていた。

 それは大学ノートに観た映画の半券や新聞広告を貼り、感想を書くというもの。これも誰かに見せる前提(見せ前)で行っていたのだが、ある映画を境に全くペンが振るわなくなった。

“1970年10月〇日

 今日は朝から学校の行事があって昼までで終ったので『ひまわり』を観に出かけた。日曜日じゃないのに映画館に行ったのは初めて。友達の高木を誘ったけど、しんきくさそうな映画なのでやめとくわと言われ結局、1人で観たのだが、とても感動した。ヘンリー・マンシーニのサントラ盤(シングルだけど)買って帰ったほどである。

 戦争によって引き裂かれた夫婦の愛。ちなみに妻役はソフィア・ローレン。夫はマルチェロ・マストロヤンニだ。オープニングに出てくるひまわり畑には戦争のとても悲しい思い出がある。いろいろあってラストは駅での別れのシーン。僕は必死で涙をこらえてた。

 そして、本当に戦争はあってはならないと思った”

 好きなジャンルのアクションやパニック映画よりも感想は長い。ひまわりのイラストまで描き添えるほどの熱の入れ様だったけど、実はこれは見せ前故の虚偽の感想文。困った挙句、映画雑誌のレビューを読み何箇所かパクった。

「ほーう、中学生なのに感心だな。深いテーマをよく観込んでる」

 そんなことをいつか大人に言って貰うためだ。

 本当の感想は“ひまわりはボイン映画と見つけたり”だった。

 ボインの名称はその1年前、月亭可朝さんの大ヒット曲『嘆きのボイン』で流行語にもなっていたが、ソフィア・ローレンほどのボインを観たのは初めてで衝撃に値した。

 映画が始まって程無く浜辺のシーン。小船が何艘か陸上げされたその透き間に横たわった2人はあろうことか野外セックスに挑むのである。

 その時、マストロヤンニ(以下、ヤンニ)はソフィアの大きく胸元の開いたワンピースからボインを鷲掴みにしたのだから堪らない。

 こちとら映画雑誌で、ヴィットリオ・デ・シーカ監督の見事な反戦映画だと知った上で観に来てるというのにである。

 次にヤンニは、食卓のシーンでボインタッチ。

 その時にはもう、晴れて夫婦だしどんだけイチャついても構わんのかも知れんが、ソフィアの顔がこれまたいやらし過ぎて、この映画が僕の童貞をこじらせたことは確かである。

 透きあらば交わろうとする2人を引き裂いたのは戦争。戦争の生んだ残酷な運命に翻弄される2人を観て涙をこらえた(いや、実際はボロ泣きした)ことも間違いないが、終戦後、再会を果した時、重婚&子供までもうけたヤンニがソフィアに「もう一度、やり直そう」と言った最大の理由は何であったのか?

 たとえ今の生活が、幸せであったとしてもヤンニの性癖は直るはずがない。その証拠に新しい妻はボインではなかった。

 しかし、時、既に遅く覆水ボインに返らずだったのだ――

 正直にこんな感想を書いていればペンも振るっただろうし、も少し映画ノートは続いていたと思うのだけど。
 

 

source : 週刊文春 2021年10月21日号

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