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Kの家の話|みうらじゅん

人生エロエロ 第462回

みうら じゅん
エンタメ 芸能

 人生の3分の2はいやらしいことを考えてきた。

 60年代中盤、女の子の間で流行ってた着せ替え人形、タミーちゃんがリングに上ったのは一度だけだ。

 油性マジックで“らくがお”したそれが後日、親に見つかり、当分の間、プロレスごっこも禁止と告げられたのがその理由である。

「さぁ、いよいよワールドリーグ戦の開幕ですね」

「世界から集った悪役レスラー揃いですからね。楽しみですよ」

 小学校の友達Kがクリスマスに『タイガーマスク リングマット』を買って貰ったので遊ばへんけと僕を誘ったのだ。

 30㎝四方くらいのリングマットに、タイガー他、十何人の悪役レスラーのソフビ人形がセットされたそれはそれは豪華な玩具。

 早速、Kの部屋で試合を始めることになったのだが、真っ先にKはタイガーマスクの人形を取った。

 僕は悪役レスラーを手に、反則プレイを仕掛けるのだが、そこは暗黙の了解、出来レースである。

「おっと、どうした!? ゴリラマン、勢いがなくなりましたよ」

 と、リングサイドのアナウンサー役も務めるKにそう言われれば従うしかない。次に「で、でました! フジヤマ・タイガー・ブリーカー!!」

 と、必殺技を出されりゃ僕の負け。

「おっと、キングサタンとザ・スカルスターがリングに上りましたよ。流石のタイガーも2対1では勝ち目がないでしょう」

 などと、解説者役も兼ねた僕が逆襲を図るのだが、Kは早くも「出ました! ウルトラタイガードロップ!!」と言って、必殺技の連発。

「ズルないか、それ?」

 と、思わず苦言を呈した僕にKは「コレ、俺が買うて貰ろたもんやし」と、本性を暴露した。それで、しばし、試合は中断したが「10回に1回やったらええ」と、Kはタイガー役を譲る約束をした。

 ある日のこと。またもKの部屋で試合に興じていると「ちーちゃんも寄せてぇなぁ」と、Kの二つ下の妹が入ってきた。

 今までにも何度かそんなことがあったがその都度、「お前、出て行けや!」と、Kがきつく言い泣く泣く引き下った。

 しかし、妹も考えたのだろう「ちーちゃん、これで戦うから」と、言って、手に持つ人形を得意気に差し出した。

「アホか! そんな奴と戦えるか!」

 Kはまた、きつい口調で返したが今度こそは本当に泣き出しそうになったので仕方なく参戦を許可したのだった。

 それが着せ替え人形“タミーちゃん”のデビュー戦であり、最終戦となった。

 Kは機嫌悪そうに「レスラーぽくしたるわ」と言って、タミーちゃんの服を脱がせた。しかし、それが逆にリング上での違和感をさらに醸し出したことは言うまでもない。

 それから僕は異種格闘技ならぬ、異性格闘戦の何ともいやらしいシーンにハラハラすることになった。

 Kもタイガーを操りながらその気まずい雰囲気に堪え切れなくなったのだろう「顔がアカン、悪役レスラーぽくない」と、言って妹から分捕り、顔にマジックで――

 それが禁止に至る顛末である。

 

source : 週刊文春 2021年12月9日号

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