ついつい夜ふかしをしてしまう。読みたいマンガがあるから、ドラマの続きが気になるから、なんかだらだらしたくて……学生の頃からひどい夜型。明日早起きしてやればいいことも、翌日後悔することも分かっているのに、しんと静まり返った世界が心地よくて、寝たらその日が終わってしまうのがなんだか怖くて、限界が来るまで今日も今日とて起きている。それは今日という日に満足していないからだ、と指摘したのは自由でかわいい吸血鬼だった。『よふかしのうた』はそんな夜ふかしの魅力に取り憑かれた者たちの物語だ。
人間関係に疲れ果て不登校、そして不眠になった14歳の夜守コウは、初めて一人で外に出た夜、美しき吸血鬼の七草ナズナと出会う。夜の楽しさを教えてくれるナズナにすっかり魅了されたコウは、彼女に自分も吸血鬼にしてくれと頼み込む。ナズナが照れながら伝えたその条件は、人が吸血鬼に恋をすること!
夜の妖しく開放的な情感にうっとり。夜ってなんで、こんなにも自由で楽しいのだろう。多用されるモノローグやエモーショナルなセリフの数々がぐっとくるのも、夜が舞台だからこそ。そして、この作品はそんな夜に惹かれてしまう自分を肯定してくれている。
コウやナズナからあふれ出る中二病感やテンポの良い会話で織りなされるラブコメもたまらない。吸血鬼になるためにはナズナに恋をしなければならないのに、初恋もまだなコウは「人を好きになるって なんだ?」という等身大の悩みからなかなか抜け出せない。一方のナズナも露出度の高いスケベな服装で下ネタを喜んで口にする割に、「ナズナちゃん」とコウに名前呼びされた途端にガチ照れする初心(うぶ)さがあまりにも可愛らしくてニマニマが止まらない。「恋愛なんてギャンブルはな まともなやつはやらねェんだよ」ナズナの言う通り。大人になって半端にまともになっちゃったもんだから、二人の初々しいやり取りが甘酸っぱくてもはや苦しい。お決まりの吸血シーンは、お子ちゃま同士と分かっていても、見ていてドキドキしてしまうのだ。
夜の街を出歩いたり、ゲームで夜ふかししたり、酔っ払いのおっさんに話しかけてみたり……何もかもが面倒になった彼は日常からはみ出して、ナズナに誘われるままに非日常である夜へと逃げ込んだ。しかし夜を満喫しているうちに、いつしかコウにとって夜こそが日常となり、そこにもまた人間関係やしがらみがあることを悟る。
ナズナ以外の吸血鬼たちの存在や、やがて明かされる初めて血を吸われた日から1年以内に吸血鬼化しなかった人間は一生吸血鬼になれないという事実。そして執拗に吸血鬼を狙う探偵の登場により、吸血鬼の殺し方やナズナの過去までも知ることになる。あらゆる要素が有機的に繋がり積み重なっていって、謎が解き明かされて行く度にゾクゾクする。
自由気ままに振舞う吸血鬼たちもまた悩みを抱えて生きている。楽しいばかりではない吸血鬼という存在の苦悩を知ったうえで、コウはどの道を選ぶのか。夜は楽しいけれど、永遠に過ごすには退屈すぎる。ただ一緒にいたいというだけで共に生きていくには、吸血鬼と人はあまりにも遠い。ただ楽し気に笑い合う二人をずっと見ていたかっただけなのに。二人の行く末が気になりすぎて、夜ふかし(こんなの)やめられるわけがない。
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source : 週刊文春 2021年12月16日号