最初に目を奪われたのは見開きいっぱいに描かれた荒廃し、かつての栄華のかけらもない東京の姿。バンド・デシネ的なコマ割りで描かれたスタイリッシュな背景は、細かい線によって緻密に丁寧に陰影が作り出され、その独特の世界観は見る者を圧倒し引き込んで離さない。先行発売されたフランスで大ヒットしたというのも納得だ。この密度の書き込み量で週刊連載だなんて、信じられない!

『虎鶫 とらつぐみ―TSUGUMI PROJECT―』は核戦争から260年後、高放射線量下で人は既に死に絶え、異形の生物が跋扈する魔境となった「旧日本」を舞台に描かれるハードボイルドなアポカリプス作品。無実の罪で捕われ、フランス国の死刑囚となった元軍人のレオーネは、“滅罪”と引き換えに他の死刑囚たちと核戦争の引き金となった秘密兵器を1年以内に回収するという極秘任務を課せられる。

 倒壊した高層ビルには蔦や木が生い茂り、道路には廃車の山。人間の数倍もある巨体の猛獣や行く先々に現れては異常な握力を武器に襲ってくる「服を着た何か」など、凶悪な敵が躍動感あふれるダイナミックな動きで襲ってくる東京は、さながら異世界のよう。朽ち果てた日本語の看板やレインボーブリッジと思しき橋など、見覚えのある風景も相まって、どこかワイルドでエキゾチックな魅力がある。

 そんなギリギリの世界でレオーネを助けたのが赤い目と青い髪、鳥の脚を持つ異形の美少女・つぐみ。最初は言葉少なな謎めいた存在だったものの、彼に心を許し共に旅をするうちにどんどんと豊かに感情表現するようになり、時に幼子のように駄々をこねるのがコミカルでかわいらしい。髪に花を飾ったり、部屋に人間の写真を飾ったりとおしゃれに気を遣うチャーミングさがある一方で、敵が現れるや破壊的な脚力と卓越したセンスで無慈悲なまでの強さを見せ、そのギャップがどこか底知れぬ不気味さを漂わせている。

 探し出した文書をたよりに佐渡を目指すレオーネの元に、陽気な死刑囚・ドゥドゥや鳥脚で雌ボスゴリラのような見た目のさたけ、小柄ながら知識が豊富なたまなど、旅の仲間がどんどん集まっていく。知的なキャラクターが増えることで会話が生まれ、この滅んだかのように見えた土地にも高度な文明が存在していることが分かり、おぼろげであった世界の解像度がぐんと上がった。

 さたけを筆頭に女性キャラが美しく強く、物語を動かす推進力を持っている。やがて明かされるさたけの過去とその心意気にはマッチョで無骨な大男であるレオーネの方がまるでヒロインのように感じられるほど。

 旅の仲間が増えようと危険な旅であることは変わらず、放射線の影響も垣間見える中、新たな強大すぎるモンスターが彼らの前に現れる。ドゥドゥの真意や、つぐみの蓋された記憶、圧倒的な科学力を有していながらどうして日本は滅んでしまったのか、謎が謎を呼び物語はどんどん勢いを増す。どう転んでいくのかまったく予想がつかない。

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source : 週刊文春 2022年3月3日号