【前回までのあらすじ】元「歌ヒット」のプロデューサー小池へのインタビューを終えた奏は、携帯の着信に気が付く。電話を取ると、以前話を聞いたサウンドエンジニアの戸部京一だった。今でも美月と連絡を取っているエンジニア経由で美月に会えないかとお願いをしていたが、電話もメールも難しいとの戸部の返答に、「あかんかったかー」というつぶやきが口から漏れた。
もし、奥田美月が情状証人として法廷に立ってくれたら――奏の青写真が実現していれば、どんな陳述書よりも雄弁に瀬尾の動機を物語ることができたはずだ。
しかし、美月が裁判所に来れば大きな騒動になっていたことは九分九厘間違いなく、奏にはとても責任が持てないのも事実だった。
この約一ヵ月半、多くを語らない瀬尾の代わりに関係者を回って密度の濃い陳述書をつくってきた。事実関係を争わない名誉毀損罪の弁護としては異例の手厚さで、二週間後の公判に向けてできることはしたつもりだ。
入念に話を聞いてきたからこそ、美月の口から瀬尾の人となりを話してほしかった。
ビルの軒下で少し涼んだ奏の耳に、遠くで鳴った鐘の音が聞こえた。
教会の鐘だろうか。甲高く響いた音に誘われ、奏は祇園祭の宵山が三日後に迫っていることを思い出した。年女の奏は三十六歳を迎える。
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source : 週刊文春 2024年1月25日号