プロフィール

新垣 玄龍

あらかき げんりゅう

1974年、沖縄県に生まれる。当時の沖縄特有の極貧家庭に育ち、「搾取される側でなく搾取する側になる」「支配されるよりは支配する」と決意。高校卒業後は職を転々とし、22歳で自ら起業。探偵業や風俗業、裏カジノなど、合法・違法の仕事で金を稼ぎまくる。

26歳で民族派右翼団体國琉社を設立。29歳で沖縄旭琉会(現・旭琉會の前身)の構成員となり、わずか3年後に三代目富永一家三代目富若組の組長を継承。反権力のエリートヤクザとして出世街道を邁進していたが、沖縄刑務所収容中の独房で光に包まれる神秘体験をし、人生観が変わる。

40歳で仏道修行のためヤクザに決別(組からは絶縁状)。三重県伊勢の真言宗寺院で出家得度し、ミャンマーの上座部仏教の「パオ森林僧院」にて瞑想修行。その後、伊勢で子ども食堂を開くかたわら、整体を学び整体師となる。前科は数えきれない元極道の僧侶・整体師という波瀾万丈な人生体験をもとに「誰でも生き直すことは可能」と訴えている。