調理師免許を持ち、シェフとしても活動しているセクシー女優の川越にこ。

 6月に発表した3冊目の写真集『TRITON』(徳間書店)が好評を博している彼女に、父親は死んだと聞かされていた複雑な家庭環境、18歳まで暮らしていた八丈島での日々、小学校3年から始まった苛烈ないじめなどについて、話を聞いた。(全5回の1回目/2回目につづく

川越にこさん ©細田忠/文藝春秋

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「コンビニなんてなかった」生まれも育ちも八丈島

――18歳で上京するまで、生まれも育ちも八丈島。

川越にこ(以下、川越) そうです。18歳までずっと八丈島で過ごして、それまでほとんど東京に出たことがありませんでした。

 東京は修学旅行か部活の遠征で出たくらいで、京都とか大阪とか西の方もそうでしたね。島のお店は全部個人店で、コンビニなんてなかったので、お店を見てもそこがチェーン店かどうかもわからない。

 東京に来たばかりの頃は、お店に入れなかったです。チェーン店を見ると全部高級店に見えて、怖くなっちゃって。そんな環境で育ってましたね。

――ご実家は八丈島で何をされていたのでしょう。

川越 よろず屋です。要するに、なんでも屋さんですね。島にはコンビニがないので、コンビニみたいな役割のお店です。24時間営業ではないですけど、朝4時から開けていて、漁師さんたちが来てくれるような。私はそこの看板娘、というか孫だったので。

 

――お店は、両親のどちらのご実家ですか。

川越 お母さんの実家です。両親は、私が生まれてすぐに離婚してしまって。父とは裁判が原因で会えず、母は精神的な病気を患っていたんです。2人とも私を育てられる状況ではなく、捨てられそうになったところを、母方の祖父母が引き取ってくれたんです。

 なので、本当に物心ついた頃には、もうおじいちゃんとおばあちゃんに育てられていました。親戚や島の人たちみんなに育ててもらった感覚です。