思っていたよりも早く、しかも最悪のパターンで起きてしまった――。最初に一報を聞いたとき、そんなショックを受けた。

 中国の研究者が主張している「ゲノム編集ベビー」の誕生。もし事実だとすれば、人類史上初めて、受精卵の段階で遺伝情報を人為的に書き換えた赤ちゃんが誕生したことになる。今年7月にインタビューしたゲノム編集技術の開発者の1人、ジェニファー・ダウドナ・米カリフォルニア大学バークリー校教授は「最も心配なのは、社会の反発を引き起こすような応用です」と述べ、その具体例の1つに「未熟な臨床研究」を挙げた。彼女の懸念がまさに現実になったと言える。

「ゲノム編集ベビー」の存在が明らかになった経緯

 最初にこの問題を報じたのは、11月25日付のMITテクノロジーレビューの記事だ。ゲノム編集した受精卵から赤ちゃんを誕生させる臨床研究が深センにある南方科技大学の賀建奎・副教授らによって実施されているようだ、という内容だった。

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 翌日にはAP通信に賀氏への独占インタビューによる詳細なスクープ記事が出た。「双子の女児が数週間前に誕生しました」と賀氏本人が晴れやかな表情で語る動画もインターネット上で公開され、世界中で驚きと非難の声が巻き起こったが、賀氏は同28日、香港で開かれたヒトのゲノム編集に関する2回目の国際サミットに堂々と登壇し、スライドでデータを示しながら「研究成果」を発表した。

南方科技大の賀建奎副教授 ©時事通信社

 賀氏によれば、遺伝子改変の目的はエイズウイルス(HIV)への感染予防で、不妊治療中の7組のカップルの受精卵計31個にゲノム編集を施し、7割で改変に成功、1組から双子が誕生したという。カップルは男性がHIV陽性、女性が陰性という条件で、エイズ患者の支援団体を介して集めた。父親がHIV陽性でも赤ちゃんへの感染を回避する方法はすでにあるため、あくまで誕生後の親子間の感染の予防が目的ということになるが、多くの専門家が「医学的な正当性はない」と指摘している。

倫理審査や、カップルへの事前の説明は十分だったのか

 会場の研究者やメディアとの質疑応答では、倫理審査や、カップルへの事前の説明と同意を得る手続き、生まれた子の福祉などに関する多くの質問が投げかけられたが、賀氏の回答に説得力はなかった。報道されている他の情報と併せても、手続きが極めてずさんで、カップルへの説明も不十分だった可能性が高い。

 独仏英などは遺伝子操作した子供を出産させることを法律で禁じており、中国でも禁止する指針がある。賀氏は、双子の父親がHIV感染者であることを理由に双子の身元や所在を明かしておらず、臨床研究の真偽ははっきりしていない。賀氏は所属する大学を今年2月から休職していたといい、大学側は「事前に報告を受けておらず、衝撃を受けた」として、独立した調査委員会を設置することを明らかにした。中国政府も事態を深刻にみて、事実関係を調査する方針を示している。この原稿を書いている12月11日現在、まだそれらの結果は明らかになっていないが、行ったとされる研究の背景や、問題のポイントを整理してみたい。