「俺のユニフォームを欲しがってどうすんの」
本田は数人の選手との公開面談を終えると、「明日、自分の練習があるから」と言って切り上げようとした。すると、ある選手が勇気を出して「いっしょに写真を撮ってもらえますか?」と申し出た。もちろんOKである。あっという間に記念撮影の列ができた。
ムードメーカーのGKが調子に乗って「ユニフォームをください!」と懇願すると、本田は指を左右に振った。
「何言ってんねん! 俺のユニフォームを欲しがってどうすんの。みんなが世界中の子供たちからユニフォームを求められる立場にならないと!」
レストランが笑いに包まれる。“飲みニケーション“の効果は万国共通である。
スポーツライターからコーチ陣へ異色の“転職”
筆者は今、カンボジア代表のスタッフを務め、同チームの活動があるときにフルで帯同している。肩書きはビデオアナリスト。もともとスポーツライターだったが、本田から「チームをサポートしてください」と誘われてスタッフ入りしたのだった(詳しい経緯は前回の記事「本田圭佑監督の無茶ぶりで『カンボジア代表』に“転職”したスポーツライターの話」を参照)。
記者からコーチ陣に加わるというのは、世界でもあまり例のない異色の“転職”だろう。だが、16年間サッカーを取材し、さらに今年、日本代表の衝突と融合を描いた小説『アイム・ブルー』(講談社)を執筆したばかりということもあって、「指導者が何をすべきか」はある程度わかっているつもりだった。
練習メニューの作成、ミーティングの準備、練習中のドローン撮影、対戦相手の分析……。実際にカンボジア代表でそれらに取り組んでみると、意外にスポーツライター時代に得た知識を生かせる場面が多い。記者は“観戦武官”のようなもので、試合(戦場)を視察する数だけは多かったからかもしれない。
ライターとコーチで決定的に違うこと
しかし、当たり前のことなのだが、決定的に違うことがある。
それは生身の人間をマネジメントするということ——。1人で自由気ままに行動していたフリーライターと違い、コーチは23人の選手をまとめなければならない。
カンボジア代表は通常のチームと違い、本田監督が選手との二足のわらじを履いている。スズキカップに向けた約1カ月の準備期間、本田はメルボルン・ヴィクトリーの試合に出場するためにオーストラリアに留まらなければならなかった。現場で選手と直接顔を合わせるのは、ヘッドコーチのフェリックス(30歳)と筆者の役目だった。
はたしてボス不在で、チームをまとめられるのか。最初の3週間は何事もなく乗り切り、「カンボジアの選手は意外に真面目かも?」と油断したときだった。2人の選手がホテルを無断で抜け出して夜遊びし、さらに翌朝のミーティングを無断欠席してしまった。