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「私は譲位すべきだと思っている」(平成22年)

「お言葉」といえば、2016年8月のビデオメッセージ「象徴としてのお務めについての天皇陛下のおことば」が記憶に新しい。

 天皇はそこで懇々と訴えた。天皇は、象徴としての務め(象徴的行為)を果たさなければならない。具体的には、全国各地への旅などだ。だが、高齢と病気でそれを阻まれるかもしれない。摂政は駄目だ。象徴としての務めはもちろん減らせない。唯一の解決策は――。

 天皇はみなまで言わなかったが、譲位の希望は明らかだった。公式の「お言葉」ではこれが限界だったものの、非公式のそれでは、もっと赤裸々に意志を表明していた。

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2010年、国会開会式での天皇 ©︎文藝春秋

 2010年7月、皇室の重要事項を話し合う参与会議でのこと。天皇は、皇后、宮内庁長官、侍従長、そして3名の宮内庁参与という限られたメンバーを前にして、こう切り出した。

「私は譲位すべきだと思っている」(文藝春秋編集部「皇后は退位に反対した」『文藝春秋』2016年10月号)

 天皇は、2000年代に前立腺癌や不整脈などを患っていた。その危機意識から出た「お言葉」だった。同席者たちは摂政の設置を提案したものの、天皇の意志は固く、揺るがなかった。

 2016年8月のビデオメッセージも、こうした伏線あってのことだったのである。

「自分の意志が曲げられるとは思っていなかった」(平成29年)

 「お言葉」を受けて、2016年10月から翌年4月まで、14回にわたって「天皇の公務の負担軽減等に関する有識者会議」が開かれた。そしてその議論は、一代限りでの退位を実現する方向で進んでいった。

 会議は原則非公開で行なわれた。議事録は公開されているものの、そのままの書き起こしではない。報道によれば、2016年11月のヒアリングで、保守系の専門家が「天皇は祈っているだけでよい」との趣旨の発言をしたという。天皇はこれを伝え聞き、

「ヒアリングで批判をされたことがショックだった」(「有識者会議での『祈るだけでよい』 陛下 公務否定に衝撃」『毎日新聞』2017年5月21日東京朝刊)

 と強い不満を漏らした。自分は、象徴としての務めが重要だと説明したのに、これは全否定ではないか。そう受け止めたのだろう。天皇の考えは、宮内庁関係者を通じて、首相官邸に伝えられたとされる。

2016年8月の生前退位のお言葉を聞く人々 ©︎AFLO

 また天皇は、一代限りの特別措置という方針にも不満であり、

「一代限りでは自分のわがままと思われるのでよくない。制度化でなければならない」
「自分の意志が曲げられるとは思っていなかった」(同上)

 とも話した。「〜なければならない」「自分の意志が曲げられるとは」。このような強い表現は、非公式の「お言葉」でなければなかなかお目にかかれないものだ。

 もっとも、天皇の意向にもかかわらず、譲位は一代限りの特別措置で落ち着いた。「天皇の退位等に関する皇室典範特例法」の施行により、天皇は2019年4月末、譲位することとなっている。このあたりの経緯は、すでによく知られているとおりである。

公式の「お言葉」だけではわからない

 以上は、非公式の「お言葉」にすぎない。ただ、過去の天皇の伝記などは、こうしたものも利用して書かれてきた。今後、様々な資料や証言が公開されるなかで、その精度もより高まっていくものと思われる。

 なお、宮内庁は皇室に関する誤ったニュースに目を光らせており、あまり知られていないが、公式サイトの「皇室関連報道について」というページで時々その見解を公表している。

2017年の天皇誕生日に公開された両陛下の姿 ©︎宮内庁提供

 その対象は、テレビ番組から週刊誌まで幅広く、時に執拗なまでに検証を行ない、時にかなり強い調子で訂正を求めている。意外と面白いので、興味のある方は覗いてみるとよい。

 今回本稿で紹介した文献は、このページで批判されていない。すべてに反論しているわけではないにせよ、ひとつの指標にはなるだろう。

 いずれにせよ、作り込まれた公式の「お言葉」だけではわからないこともある。非公式のそれも、天皇を考える上で参照にしない手はないのである。