2018年下半期(7月~12月)、文春オンラインで反響の大きかった記事ベスト5を発表します。スポーツ部門の第5位は、こちら!(初公開日 2018年11月26日)。

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 駅伝シーズン、真っ盛りである。

 大学駅伝だけでなく実業団駅伝、高校駅伝と立て続けに大きな大会も行われ、ファンたちにとっても楽しみな季節になってきた。

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フルタイムで働く普通の市民ランナーが……

 そんな中で、レースを控えた段階でメディアやファンが注目するもののひとつに、各大学や地域で行われる「記録会」や「競技会」の存在がある。これらは通常のレースとは違い、それぞれのランナーが狙うタイム毎に組分けがされるため、集団で走りやすく、ペースも比較的一定で記録を出しやすいというメリットがある。その分、好記録も出やすく、見ている側からもどんな記録が飛び出すのかいつも楽しみなものなのだ。

©iStock.com

 さて、そんな記録会において今年の9月、ちょっとした“事件”が起こった。

 世田谷で行われた競技会で、桃澤大祐(サン工業)選手が並み居る強豪大学生ランナーや実業団ランナーにも先着し、5000mで13分55秒84という記録をマークしたのだ。5000m13分台というタイムは、箱根駅伝に出場するような大学でもエース級の記録で、実業団でも十分に通用するレベルの数字だ。

 さらにこの記録に価値があるのは、桃澤が実業団に所属しているわけではない、普通の市民ランナーだったからだ。桃澤が所属するサン工業という企業は、長野県にあるアルミニウムやステンレスへのメッキ技術に特徴がある普通の工業系企業。もちろん陸上部もない。フルタイムで働く普通の市民ランナーからこんなハイレベルな記録が出ることに、多くの人が衝撃を覚えたのだ。

 桃澤の快進撃は止まらず、11月24日の八王子ロングディスタンスでは1万mで28分25秒56という超実業団級の好記録をマーク。トレーニングの一環だったとはいえ、前組で走った大迫傑(ナイキ・オレゴン・プロジェクト)を上回るタイムを叩き出した。

 そこで、ふと気づいたことがある。

 近年、桃澤の出身地である長野県の市民ランナーたちのタイムが驚異的な数字を記録しつづけているということだ。桃澤自身もレース後のインタビューでこんな話をしている。

「同じ長野県の30代の市民ランナーの人が、去年5000mを14分ヒトケタで走っていたんです。それを見て13分台を目標にしようと決めました。長野には14分15秒で走っている40代の人もいる。なので、20代の自分が負けるわけにはいかんだろう……と。だったら狙うのは13分台しかないぞと思って(笑)」

実業団、箱根駅伝クラスがゴロゴロいる

 そうして長野県内の市民ランナーの記録を少し調べてみると、その数字に驚かされた。市民ランナーにもかかわらず、実業団や箱根駅伝で活躍するクラスの記録である5000m13分台、14分台のタイムをもつ選手がゴロゴロいるのである。

 地方紙の記者もこう嘆息する。

「たぶんいま、長野県内の市民ランナーで選抜チームを作ったら、年始のニューイヤー駅伝も十分狙えるレベルだと思いますよ。そのくらいレベルが上がっているんです」

第89回箱根駅伝(2013年)小田原中継所にて、「山下り」を終えて7区のランナーに襷をつなぐ山梨学院大・桃澤大祐

 意外なのは、彼らはもともと箱根駅伝で覇を競うような強豪校でバリバリ走っていたわけではない。前述の桃澤も山梨学院大で箱根駅伝への出場経験はあるものの、6区の「山下り要員」とされており、5000mの記録も大学時代のベストは14分43秒だった。

 つまり彼らはいわゆる「昔取った杵柄」での記録ではなく、すべて近年、フルタイムで働く社会人になってから自己ベストを更新しているということである。ランニングブームが広がる昨今とはいえ、なぜこんなに長野の「おじさんランナー」たちに好記録が連発するのだろうか?