ルーベンスという名を聞けば第一声で「ネロが作品を見たがっていた画家!」と応え、「フランダースの犬」を思い出す向きも多いに違いない。もちろん正解だけど、それだけじゃない。ルーベンスという画家は思いのほか大物であることを知らされる展覧会が開催中。東京上野、国立西洋美術館での「ルーベンス展―バロックの誕生」だ。
見えないものも見えるものも描けてしまう
「王の画家にして画家の王」
そんな大仰な言葉で称されることもあるのがルーベンスである。16世紀後半にフランドル地方の名家で生まれ、若くして芸術の中心地だったローマへ絵画の修業へ赴いた。天性の美的感覚と克己によって卓越した技を身につけ、フランドルへ戻ったころには何でも描ける自信に満ちていた。
ルーベンスにとって幸いだったのは、故郷フランドルとイタリアという対極的なふたつの地で絵画を学べたことだ。フランドル地方の絵画はルネサンスの時代から、目の前にあるものの質感までをも忠実に写し取ることに長けた伝統がある。対してイタリアは壮大なテーマを絵画に落とし込むことや大画面を巧みに構成することが重視されてきた歴史があり、そのためのテクニックは洗練の極みにあった。
双方のよさを十全に吸収したルーベンスは、目の前にあるわけではない歴史や神話、またこの世の統治者たちの様子を、あたかもそれが目の前に現れたかのような迫真性を持って描き出すことができるようになっていた。
あらゆる場面、すべての人物、いかなる雰囲気も完璧に描き分けられるという噂は国際的に知れ渡り、各地の王侯貴族のお気に入りとなった。顧客名簿がまたすごい。フランス王ルイ13世、スペイン王フェリペ3世、イングランド王チャールズ1世をはじめ、王侯貴族や有力教会がずらり名を連ねた。各地の宮廷に出入りし、外交官的な役割を果たすこともしばしばだった。