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応援している側が劣勢に立つと、テレビ消しちゃいます

《距離を置く、ということは、カープは別としても、どんな競技でもどちらかに肩入れはせず、冷静に俯瞰するような視線で観ているのだろうか》

西川 そんなに冷静ではいられないんですよ。初めて観る競技でもだいたいどっちかを応援してますね。何でもいいんです。選手の面構えでも、この国行ったことあるなあ、とかそんな理由でね。気づけば完全に肩入れして、応援している側が劣勢に立つと、テレビ消しちゃいます。観ていられなくなる。先日も、テニスのロジャー・フェデラーが好きなんですけど、劣勢になり始めてテレビを消したら、逆転勝ちしていた、とか。そういうときも、苦しい時に耐えなかった自分の弱さを見た気がして、またいろんなことを思っちゃいますね。フェデラーは戦い抜いたぞ、お前は逃げたけどな、と。

《スポーツを観るのは、楽しい。でも、苦しい?》

西川 非常に、苦しいです……。高みの見物で観ることができない。「遠きにありて」と言いながら、全然フラットじゃないんです。だから苦しいし、観終えたあとはどっと疲れている。まあこれは、激しい恋愛と同じような話じゃないですか。 苦しいからこそやめられない。山があれば、谷もあるというね。全部ひっくるめて、総合的には充実、という。

《なぜ、どっと疲れてまでも、スポーツを観るのだろう。なぜ、どちらかに肩入れをせずにはいられないのだろうか》

西川 何でしょうね……どうにかしてまだ負けたくない、と思ってるんじゃないですかね。人って、肩入れをしている選手やチームに向かって、叫びますよね。「頑張れーッ!」とか「頼むーッ!」とか。何だかあれを言うためにスポーツを観ているんじゃないかとも思いますよ。彼らに向けて祈っているようで、自分に向かって祈っているのかもしれない。映画や文学で主人公に「頼むーッ!」と祈ることは、私はもうないんですよね。筋書きは、作者という神の手の中にすでにあるもので、神さえも結末を知らない作り物というのはないですから。今目の前にある現実の緊張感にはかなわない、と思うことはありますよ。

新作映画は2020年、オリンピックイヤーに公開予定

《もちろん、作りものの良さもある》

西川 そう。作り物なのに、よくぞここまで観客や読者の感情を動かしたな、というところですよね。人間の創造力ってここまで行けるんだ、という可能性を目の当たりにして、感動するのが作り物なのだと思います。作り手の創意工夫が、想像もつかないところまで観る者を連れて行ってくれた時は、スポーツの選手が記録を塗り替えた時と似たような感動を覚えることがあります

《さて、2019年。次回作の準備は進んでいるのだろうか》

西川 まだ詳細はお話できませんが、準備は進めていますし、ロケハンも始まりました。脚本も仕上がりつつあります。そうそう、1シーンだけちょこっと出てくるような役の呼び名は【若者A】【若者B】とすることが多いんですけど、俳優というのはどんな役でもちゃんと名前がついていると気持ちが違うんだそうです。だからそういう役には、スポーツ選手の名前を拝借することがあるんです。

《あれ、禁忌を犯しているのでは?》

西川 いや、結局私自身も覚えやすいんで。

《それはもしかして……?》

西川 はい。そっと某球団の選手に(笑)

©釜谷洋史/文藝春秋

西川美和(にしかわ・みわ)映画監督。1974年広島県生まれ。早稲田大学第一文学部卒。2002年『蛇イチゴ』で脚本・監督デビュー。以降、『ゆれる』(06)、『ディア・ドクター』(09)、『夢売るふたり』(12)、『永い言い訳』(16)などの長編映画は、いずれも本人による原案からのオリジナル作品である。小説に『ゆれる』、『きのうの神さま』、『その日東京駅5時25分発』、『永い言い訳』、エッセイ集に『映画にまつわるXについて』など。最新刊は『遠きにありて』(文藝春秋刊)。新作映画は2020年、オリンピックイヤーに公開予定。

遠きにありて

西川 美和

文藝春秋

2018年12月13日 発売

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