元SMAP・中居「お前らは俺にとって家賃だから!」
こうした事件はアイドルとファンの距離感の話にされがちである。「会いに行けるアイドル」を標榜するAKBグループの出来事ならばなおさらだ。
べたな話だが、アイドルの語源は偶像であり、つまりは崇拝の対照である。それゆえに生活のはげみとする者もいれば、カネをつぎ込む者もいる。その点で元SMAP・中居正広の「お前らは俺にとって家賃だから! 光熱費だから! ケータイ代だから!」は批評性に富んだ名言といえる。(注1)
おまけにアイドルには効果・効能だってある。吉田豪はかつて週刊SPA!のうつ病特集で、アイドルにハマることでうつがだいぶ回復したという杉作J太郎の事例を引き合いにしてこう述べている。「アイドルにお金を突っ込んで、集客の悪いイベントに駆けつけて、感謝されることで『役に立ってる感』を得られるし、フリを覚えれば運動になるし、ファン友達もできるし」(注2)と。
虚像の重さに耐えられなくなったアイドル
アイドルはアイドルで、ときに虚像を生み出す。小倉優子の「こりん星」はたいぶ極端だが、中森明菜の「ツッパリ」などがそうだ。なんらかのバックストーリーのうえに立つことで、それがそのままアイドルの個性となり深みとなる。厄介なのはこうした虚像が実像を侵食するときである。
これまた昭和の話になるが、欽ちゃんの番組から生まれたユニット「わらべ」の一員として一世を風靡する高部知子がそれだ。ベッドでタバコを咥えた、いわゆる「ニャンニャン写真」が週刊誌に掲載されて謹慎に追い込まれたのち、告白本をだす。しかしそれはゴーストライターが勝手に書いたもので、くだんの写真を出版社に持ち込んだ男の子とも「つきあっていたことになっているし、中学2年生のときに処女を失ったとか。『虚像・高部』の帳尻を合わせる必要があったから作られた本だったんです」。にもかかわらず感動したというファンからの手紙が来るなど、虚像の重さに耐えかねて自殺をはかるにいたる。(注3)