被虐待児やいじめの問題が身近に
かといってこれは、「自らも被虐待経験をもつ双子が、その能力を使って暴力の被害者たちを痛快に救済していく物語」ではない。たしかにそういう場面もなくはない。が、双子の特殊な能力をもってしても、できることはごくわずかだ。
本書を読みながら何度か「ああ、いやなことが起こりそうだな。先を読みたくないな」と思った。でも続きが気になりすぎて読んでしまう。
虐待や暴力の描写は悲惨すぎはしないし、そういう意味では「リアルでない」だろう。だが、荒唐無稽な物語であるがゆえに、その中で描かれる「暴力」は、「私の知らない誰かに起きている怖しいこと」ではなく、どこか「自分が目の前で目撃した知人の物語」であるかのような感覚を抱かせる。
読者は、読む前よりも確実に、被虐待児の問題やいじめの問題を、鮮烈で身近なものとして感じ始めていることに気がつくのだ。
小説にこういう言い方は失礼なのかもしれないが、東浩紀のいう、現実よりも現実感のある「まんが・アニメ的リアリズム」とはこういうものかと得心した。
「そういう問題があることは知っている。だけど誰かがきっと助けてくれるだろう」。そういうありがちな思いを抱いて裏表紙を見ると、もう一つの仕掛けに気づく。
「誰かが」……Whoが? ――Youが。
何かがコトンと音をたてて心に落ちた。
いさかこうたろう/1971年、千葉県生まれ。2000年『オーデュボンの祈り』でデビュー。08年『ゴールデンスランバー』で本屋大賞と山本周五郎賞を受賞。その他、『砂漠』など著書多数。
ふじもとゆかり/明治大学国際日本学部専任教授。専門は漫画文化論・ジェンダー論。著書に『私の居場所はどこにあるの?』など。