あのCTBが帰ってきた!

 2014年、阿部和重と伊坂幸太郎による「完全合作」として世に出たのが、小説『キャプテンサンダーボルト』だった。CAPTAIN THUNDERBOLTの頭文字をとって、CTB。  

 純文学の旗手たる阿部と、ミステリー界随一の人気を誇る伊坂。異色の二人がまさかタッグを組むとは。この組み合わせで何かが起こるなんて予想もしないから、誰もが度肝を抜かれた。

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 ともにアイデアを練り、構想が固まったら一人がある章を書き、もう一人がそこに遠慮なく手を入れ、また戻し……というスタイルで執筆は進んだ。両者の才能の完全なる融合。だから、共作ならぬ合作と呼んだ。

 そうして生まれたのは、相葉時之と井ノ原悠の小学校時代の悪友コンビが外国人テロリストと敵対し、東北を駆け巡るノンストップ・エンタテインメント。

 このたび文庫化されたのを機に、阿部和重・伊坂幸太郎の対談が実現。はたして完全合作はどう生まれ、育っていき、二人の作家に何をもたらしたのだろうか。

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「バランス派」同士だから合作ができた

『キャプテンサンダーボルト 上』(阿部和重 伊坂幸太郎 著)

伊坂 文庫化にあたってしっかり読み直しましたけど、この小説おもしろいですね(笑)。情報満載でいろんなアイデアがたっぷり詰まっているし。

阿部 そう、それでいてひじょうにバランスが取れているんですよ! 流れの中で自然に情報が提示され、そこにロジカルな謎解きやアクションシーンが無理なく入ってくる。すべてが溶け合い、ベタな言い方をすれば見事なマリアージュになっているといいますか(笑)。

伊坂 いきなり二人で自画自賛して、呆れられちゃいそうですけど(笑)。でも、エンタテインメントとして本当によくできたものになったと改めて思います。合作ってたぶん、バランスをとるのが難しいんですよね。僕も阿部さんも小説を書くときバランスを重視するタイプだから、どうにかできたんじゃないかなと思います。

阿部 初対面で食事したときにはもうそんな話をしていましたね。かっこよすぎず、でもちょっと引っかかりのある言葉をいつも探してしまうよねといったことを。

伊坂 それで、ともに「バランス派」だということで合意に達して。

阿部 中間管理職みたいで響きはイマイチですけど(笑)。そのときの会話は弾みに弾んで、小説のアイデアなんかも飛び交った。伊坂さんと小説を書いたら楽しそうだなとごく自然に思いました。

©鈴木七絵/文藝春秋

伊坂 学校の休み時間にクラスで無駄話しているみたいな感じでした。盛り上がって、それが結果的に、いっしょに小説をつくりましょうという話につながって。

阿部 ただ、実際に作業が始まると、さすがに緊張感がありました。章ごとにまずどちらかが書き、それをお互い直していくかたちで進めましたけど、何かを書くと最初の読者が伊坂さんというわけです。伊坂さんの目を常に意識しながら書いていましたね。

伊坂 小説を書くうえで気づかされたこともたくさんありました。阿部さんはとにかく執筆時の集中力がすごい。見習いたいけれど、自分は結局自分の書き方しかできないから、ただ感心するばかりで。阿部さんが論理的に話を構築していくさまも、近くで見られてよかったです。あるとき阿部さんからのメールで、一つの場面を楽天ゴールデンイーグルスの試合と絡めようとの提案がきました。そういう風に背景を作るのか、と感動して。

©鈴木七絵/文藝春秋

阿部 あれはカーチェイスの末、主人公の一人の相葉が救出される場面。仙台市内が舞台で、人が多いとその場面を成立させるのが難しかった。仙台に人が少ない状況をつくるには、当時盛り上がっていた楽天の試合を絡めるしかない。皆が大事な試合に集中していることにしようと考えました。

伊坂 理詰めですよね。僕なら「まあ人が少ないこともあるんじゃないか」くらいで済ませちゃうんですよ(笑)。そのあたりを阿部さんが、的確に補強していってくれました。

阿部 CTBには野球が全編に通底するテーマにもなっている。楽天が出てくるのは必然性もあると思いまして。伊坂さんを見ていて「そうか、こういうふうに書くのか!」と感じたことも多かったですよ。たとえばもう一人の主人公・井ノ原は、アレルギー持ちの子どもがいて苦労している。その子が病院に行く場面。  

 ぶっきらぼうな医師が、何気なく子どもの気をそらして、その隙に注射をしてしまう。その短い描写でキャラクターの性格、距離感、誰が何を大切に思っているかがすべて鮮やかに説明されています。「その医者は意外に優しい」などと書くのではなくて、行為と言葉のやりとりですべてを表す。すばらしいです。合作で得た学びは、その後の執筆に確実に影響を与えていますよ。