直観が大事だというのはずっとありますね
――人間はどう生きたほうがよいのか、この世界の仕組みはどうなっているのかということは白石さんの小説の大きなテーマでもあります。『この胸に深々と突き刺さる矢を抜け』では、直観が大事、ということも書かれていますね。
白石 直観が大事だというのはずっとありますね、今でも。だから、私の小説にしばしば出てくる不思議な話というのも直観につながっているんですよね。忘れやすいものとか儚いものなんですけれど、そういう感覚って、どんな人にでもある。だから私は、占いなどに行く人は、そのへんに蛇口があってハンドルをひねればタダで飲める水をすごく高いお金を出して飲んでいるような気がしますね。
つまり、占い師に訊きに行かなくても、自分がこれからどうなるかは、ちょっと静かな場所で目を閉じて1時間くらいじーっとしていたら分かると思う。他人のことは分からなくても自分のことはかなり分かると思うんです。
――次の『ほかならぬ人へ』で直木賞を受賞します。これも、直観的にベストの相手を選び出していく内容ですよね。これに続く『砂の上のあなた』(10年刊/のち新潮文庫)は子供を産む産まないの話で、『翼』も男女におけるベストの相手とは誰かという話。男女の恋愛、結婚などを考えた時期だったのかな、と。
白石 個人として言えば、男女関係に希望というか、光がまだ若干見えたんですよね(笑)。でも今はだんだんだんだん、それが、申し訳ないけれど、かすんできているんですよ。
――時空を超えた幻想的な内容の『幻影の星』(12年刊/のち文春文庫)をはさんで、『火口のふたり』(12年刊/のち河出文庫)では、いとこ同士の男女の性愛を描いていますよね。これは?
白石 自分自身は、セックスというもう二度と戻れない故郷を山の彼方から望遠鏡で「ああ、懐かしいな」と思いながら眺めている感じなんですよ(笑)。たとえばレーサーのなかには、同じコースを猛スピードで何周も走って、時には同僚がクラッシュで亡くなったりするなかで必死にやってきて、しばらく経って振り返った時に「自分はよくエンジンにちょっとフレームつけただけのあんな恐ろしいものに乗っていたもんだ。なんであんな無謀なことをしていたんだろう」って振り返る人もいると思うんですよ。でもその一方で、「あれだけ命懸けでやっていたということは、よほどの陶酔があったんだろうけれど、いつの間にかその陶酔を思い出せなくなってしまった」と悲しい気持ちになる人もいると思う。それってセックスと似ていますよね。驚くような喜びというか、興奮があったんじゃないか、とか思うわけです。『火口のふたり』という小説はそれを遠くから偲んでいる感じの作品ですね。
――『快挙』(13年刊/のち新潮文庫)は神戸を舞台にした、一組の夫婦の長年の軌跡を辿る話です。連れ添うっていいな、と思わせる内容ですね。
白石 結婚というシステムが子供を育てることを目的としているならば、子供が巣立った段階でもっとたくさんの夫婦が別れてもいいはずです。しかし、それが世間の主流にならないのはなぜか、なぜ子供を育てたあとも夫婦は一緒にいるのか、その根拠は一体何だろうと考えたんです。結婚の目的はおそらく繁殖にあるのではなくて、血の繋がっていない者同士が否応なく生涯を共にし、あげくにその唯一の相手を残して死ぬか、相手の死を見届けるかすることになってしまうというまさにその一事にあるような気がします。人生の最後の最後で、人はたった一人に成り果てる。そのときの形容できない、およそ表現することのかなわない万感の思いを経験するというのが、人が結婚という行為を今まで積み重ねてきた理由なんじゃないかと私は思っているんです。