読者からの質問「失恋をどうやって乗り越えたらいいでしょうか?」(30代女性)
●失恋をどうやって乗り越えたらよいか悩んでいます。よいアドバイスがあればぜひお願いいたします。彼に薦められて白石さんの本を読むようになりました。へんな振られ方だったので、彼が何を考えていたのか知りたいと、振られて以来、白石さんの本をずっと読んでいます。(30代女性)
白石 そのままでいればいいと思うんですよ。そのうち忘れるので。なんでしょう、忘れられない恋愛なんてあったとしたらすごいですし、そうなったらそれはそれで素晴らしい体験だなと思います。無理して乗り越えなくていいと思います。
●人はどうして結婚するのでしょうか。性は個性的であるから美しく、だからこそ意味があるのに。ほかならぬ人と不倫をする22歳より。(20代女性)
白石 えーと、この質問を聞いて私が思うのは、自分で「不倫」なんて言わなきゃいいのに、ということ。好きな人が好きなんだから、相手が結婚しているしていないはどうしようもないことでしょう? 相手が結婚している場合はいろんな制約が出てくるし、そういう恋愛をあえて引き受ける必要もないですが、でも周りの人からいくら言われても、自分で自分のことを不倫なんて言わなくていいですよ。だって不倫って、倫理にもとるってことでしょう。そんなこと言っては駄目ですよ。
で、人を好きになったら、そのあとどうなるか考えても仕方がないから、今、自分の気持ちや気分がよければそれでいいんじゃないでしょうか。結婚だとかなんだとかを考えずに、その時だけを楽しんでください。結末はごく自然にやってくるものですから。
●白石さんの作品には癌患者や精神的な病や障がいを持つ人が登場します。そういった人物を描写するのにはモデルがいたり、取材をなさったりするのでしょうか。たまたま私は両方を経験したので、「分かるな~」と唸ってしまうところが多いのです。(40代女性)
白石 そうですね。自分もパニック発作の経験がありますし、先ほどから話していますが、周囲に癌の方もいました。
まあ、一人ずつ症状も違いますけれど。たとえば自分の精神がぐらつく感覚というのはすごく分かります。私、人間って四つの点で四角い枠に留められているように思うんです。両肩と、両腿との四点がワイヤーにつながって枠に釘づけされている。それが一本でもプチンと切れたらすごく不安になる。しかも、そのワイヤーって本当に切れるんですよね。
部屋にたとえると、それまで気づいていなかったのに、そこにドアがあるのが分かってしまった感覚です。1回そのドアを開けて向こうにちょっと行ったことがあるわけです。で、ヤバイヤバイとなって、薬の力とかを借りてそのドアを閉めるじゃないですか。でもね、もうドアがずっとそこにあるのが分かる。その後20年も30年もたてばドアも色褪せて壁紙に同化して見えなくなるかもしれないですが、それでもずっとドアはそこにあるから、自分はそのことに慣れて開けないようにするしかない。ドアを完全に消すことはできないので、それを受け入れつつドアの前に立たないようにするしかないですね。私がパニック障害になった時に思ったのは「なんで自分がこんなことに?」ではなくて「これって、みんななるよね」ということでした。脅かすようで申し訳ないですが、誰でもそうなる。ドアがあることに気づいてしまう可能性がある。
でも、答えは自分の中にしかないので、最終的に誰も助けてあげることはできないんです。自分でドアを開けないようにするしかない。私だっていまでも意識を集めればいつでもパニック発作を起こせるような気がしますが、そういう試みは間違ってもしないようにしています。
●先生はかわいい猫さんたちとお住まいですが、一緒に過ごしてきたなかでいちばんの幸せはどんなことでしたか。(30代女性)
白石 自分が生まれてきてよかったと思うことはあまりないですけれど、柄にもなくそう思うことがあるとすれば、猫に出会ったことと甘いものが食べられることの二つです。本当に猫が好きですね。今も猫とずっと一緒にいたくて、こうして外に出かけるのも嫌なくらい(笑)。人間よりも猫が好きだと胸を張れます。どんな悩みの人にも言いたいのは、とにかく猫を飼ってくださいということです。私は犬はあまり知らないんですが、犬って飼い主が悩んでいると一緒になって苦しんだりするでしょう? 健気でかわいそうですよね。猫は人間が苦しんでいても全然平気ですから。でも、慰めてはくれるんです。もうね、失恋を乗り越えるにはどうしたらいいかという相談も「猫を飼えばいい」で解決しますよ。ただ、人間よりもはやく死ぬから、それがこたえると思うんですけれど。動物と一緒にいるのはとても大事だと思いますね。
●小説を書くのに必要な能力は何だと思いますか。(20代男性)
白石 ひたすら書くことでしょうね。自分の作品を批評せずにとにかく書く。
たとえば自分の手を見るとする。夢の中ではきれいな手なのに、実際は指が短いとか爪がどうだとかささくれがあるとかで、がっかりする。それと同じで、小説だって400字で5枚くらい書いて読むとげっそりするわけですよ。
でもそれって井戸掘りで言うと、最初のゴツゴツしたところにツルハシを当てているだけなのに「まだ水が出てこない」って諦めているようなものなんです。そりゃ最初は石しか出てきませんよ。だけど時間をかけていけば、1か月目に書いた100枚と12か月目に書いた100枚は出来が全然違うわけです。12か月目に100枚書いたら、遡って1か月目の100枚を書き直せますよね。だからとにかく黙って書く。それに尽きると思います。
黙って書いていると、そのうち、どこかでふっと変わる瞬間があるんですよね。トンネルで言うと、自分だけ掘っている気がしますが、実は向こうからも掘ってきているんです。1000メートルのトンネルの場合は自分は半分の500メートルだけ掘ればいいんです。というのは向こうから500メートル掘ってきているから。誰が掘ってきているかというと、それが小説です。小説が掘ってきている。だから自分の小説って少なくとも半分は自分が書くんじゃないんです。書きなれてくると、ほとんど小説が書いてくれるので、自分は10メートルかそこら掘ればよくなる。で、掘り出して完成した後は、人に読んでもらうしかないですよね。自分で自分の書いたものを評価するのはほとんど不可能ですから。