久しぶりに学校時代の先輩に会った。彼は61歳。国立大学の理系学部を卒業して大手製造業に勤めている。優秀なエンジニアとして活躍し、会社の期待を背負って米国にも留学した。ちょっと口下手ながら学生の頃から物理や数学はピカイチにできた。当時としてはごくあたりまえのように大手製造業に就職し、傍からは順風満帆の人生にみえた。
老人の顔に変わり果てた先輩
ところが今回、会った先輩は頬もげっそりとこけ、精悍だった顔つきも完全に老人の顔に変わっていた。先輩は40歳代半ばから研究職を離れ、営業職に配置転換になった。私から見ても、技術力では信頼できても先輩のキャラクターで営業はいかにも不釣り合いだ。それでも最近はずっと東南アジアのあるプロジェクトを担当していて、毎月のように相手国に出張してそれなりに忙しそうにしていた。
たまに会うと、相手国のビジネスマナーはひどくて、会議には遅刻する、課題はやっていない、自分たちには無断で勝手に中国との商談をすすめている、などと愚痴を聞かされたものだ。
中小企業だったら成果なしじゃすまされませんよ
そんな彼が今回、ほっとしたように私に呟いた。
「やっと終わったよ。あの仕事。もう8年もかかっちゃってさ。大変だった。やあ、せいせいしたよ」
というので、
「ほう、おめでとうございます。やっと契約できたのですね」
と祝杯を差し出すと、彼はあわてて手を横に振り、
「いやいや、終わっただけだよ。あれは国のプロジェクトでさ。もともととれるかどうか怪しかったの。なのに延々やっていてもういやになっちゃったよ。これでもう出張もなくなるしね。よかったよ」
私も長い期間サラリーマンをやって今は起業、独立している身だが、この発言にはびっくりした。正直サラリーマン社会ではやや出世競争からは置いていかれたかなと思われる先輩だったが、「勝算の薄い」仕事に延々8年間も従事し、何の成果もあげられず「よかったよ」はないのではないか。ましてや「国のプロジェクトだからいいのだよ」とは。
「でも先輩、私たちのような中小企業だったら成果なしじゃすまされませんよ。とっくに倒産していますよ」
と突っ込むと、
「ああ、大丈夫。国から実費になる程度のお金は出ているからさ。赤字じゃないんだよ」
いったいいつから大企業は国から養われているのだろうかとこっちが愚痴の一つも言いたくなる。