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2019/01/29

70歳定年制度は、ポエムなのではないだろうか

 これらは決してレアな話ではない。定年を迎える多くの大企業サラリーマンの本音だろう。政府は社会保障がますます厳しい状況に追い込まれる中、定年をどんどん延長していく。いつまでも働いてもらえるような社会を実現すれば年金の支給を遅らすことができる。みんながいくつになってもいきいきと働ける社会こそが日本の未来という。とりあえずは定年を延長して70歳定年制度を創設することが目標ともいう。

 だが、これはちょっとポエムなのではないだろうか。今の時代ですら、企業は高齢社員の扱いに苦労している。多くの大企業では50歳を超える頃になると出世競争にも片が付き、競争に敗れた社員たちがあぶれだす。もちろん歳をとっても自らの能力を磨き、会社に貢献できる人材もいる。だが、多くの社員は一気に老け込み、以前の部下たちの下で働くことを厭う。個人の能力でというよりも組織の論理で動く日本の会社では彼らの居心地は決して良くはないのだ。そして多くの高齢社員は会社にぶら下がり、自らの境遇に愚痴を言いながら会社には実際にほとんど何の役にもたっていないというのが現状だ。

 そんな社員たちを企業は70歳まで雇い続けなければならなくなるのだろうか。大企業とてこの重荷は耐え難いのではないだろうか。現場をわかっていない有識者ほどがこう言う。

 高齢者に教育、研修を施し、新しい知識を身に着けさせ、新たな仕事にチャレンジできるようにと。だが人は年齢が進むにつれて個人差が激しくなる。同じ60歳でも色艶がよく、生き生きとしている人がいる一方で、急速に老け込んで老人のような姿に変わり果てる人もいる。不幸にして病を患う人も確率論的に増加する。

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若くて優秀な社員の懐は寂しいまま

 雇う側からみれば、延々と続く人件費負担もさることながら健康保険や年金などの社会保障負担もばかにならない。これではますます会社で稼ぐお金は高齢社員を雇い続けるための費用に足を引っ張られ、若くて優秀な社員の懐は寂しいままになる。そして現状の環境に対応しようとする若手社員はあきらめの境地で会社にしがみつき、死ぬまで会社に面倒を見てもらうことを選択するようになるだろう。これも会社がそれだけ余裕があって未来永劫存続することが前提となるのだが。

 残念なことにこれまでの日本の企業社会では社員個人の能力を会社という物差しでしか評価してこなかった。人材の流動は一向に進まず、企業、とりわけ大企業に一生雇われることが是とされてきた。そんな環境でしか育ってこなかった社員を記憶力も判断力も衰えた高齢社員としてさらに雇い続けることは、国が高齢者の社会保障を企業に押し付けているにすぎない。

 本当に必要なことは定年をなくすこと。学卒一括採用をなくすこと。そして人はそれぞれの能力を若い時代から磨き、自分に合う企業をそれぞれの人生のステージで自由に選択できるようになる社会を実現することだ。定年や一括採用に縛られ続けている日本は世界でも稀有な国だ。そして不幸にも社会システムから離れてしまった人々に対して手厚い救いの手を差し伸べる方法を新たに構築することを真剣に考える時代が来ているのではないだろうか。

 70歳定年制度には昭和平成から続く疲弊した日本の悪しき構造の悪あがきにしかみえない。

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