昭和34年(1959年)創刊の総合週刊誌「週刊文春」の紹介サイトです。最新号やバックナンバーから、いくつか記事を掲載していきます。各号の目次や定期購読のご案内も掲載しています。

なぜ「不倫たたき」は過熱するのか それでもなぜ不倫はなくならないのか

「正義の行動」には快楽がともないます

2019/03/01

 ここ数年、著名人の不倫に対するバッシングがマスコミやネットを賑わせています。法を犯したわけでもないのに「謝罪会見」を求められ、議員辞職に追い込まれた人や、CMやドラマからの降板を余儀なくされたケースも多々あります。

 しかも不倫に対する世間の目は年々厳しさを増しているように見えます。実際、博報堂生活総合研究所の調査(2016年)によると、「不倫を肯定できる」と答えた人の割合は約10%で、20年前の調査と比較して半減しています。

 しかし、かつては不倫がブームだった時代もありました。1980年代前半には不倫がテーマのドラマがヒットして「金妻ブーム」、90年代後半には「失楽園ブーム」がありました。不倫はクールでカッコいいこととされていたのです。ここ数年も、実際は不倫が日本社会に横行していることを裏付けるデータが複数の社会調査によって報告されています。

 いったいなぜ、日本人はかくも他人の不倫に不寛容になったのでしょうか?

©iStock.com

共同体にある「フリーライダー」制裁機能

 本論に入る前に、なぜ不倫がバッシングされるのか、そのメカニズムをみておきましょう。人類は社会的動物です。国家、家族、会社、学校といった共同体によって、人間社会は成り立っています。共同体は、その資源(リソース)を増やすために構成員(個人)がそれぞれ一定の協力をし、共同体からリターンを受け取ることで維持されています。

 ところが、なかには共同体のリソースを増やすための協力をせず、リターンだけを受け取ろうとする者もいます。卑近な例では脱税がその典型です。こうした存在は「フリーライダー」と呼ばれます。フリーライダーを放置しておけば、共同体は危機に陥ってしまいます。そのため、フリーライダーを検出し、制裁する機能が共同体には備わっているのです。