世の新刊書評欄では取り上げられない、5年前・10年前の傑作、あるいはスルーされてしまった傑作から、徹夜必至の面白本を、熱くお勧めします。
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巻き貝状の都市国家ライコスは、貧民街の下層、平民用の中層、尊族と呼ばれる特権階級が住む上層に分かれている。住人の身分は血液の三つの属性によって定められており、尊族の上には、特別な血液が流れる煌族(こうぞく)が君臨している――というのが、多崎礼のファンタジー小説『血と霧1 常闇の王子』『血と霧2 無名の英雄』の設定だ。物語は、下層で血液専門の探索業を営む男、ロイスを主人公として進んでゆく。
吸血によって相手の精神を操れるほどの強い能力を持つロイスが敢えて下層に身を置いているのは、行方不明の自分の娘を探し出すためだった。そんなロイスのもとに舞い込んできた依頼が、彼を過去と向き合わせる。依頼の裏には、ライコスの王家をめぐる陰謀が渦巻いていた。
いかにもハードボイルドの探偵風に登場するロイスは、脆(もろ)く傷つきやすい内面を抱えている。誰が敵か容易には窺い知れない人間関係の中、ロイスには協力者も現れる。彼が身を寄せる酒場の性別不明の経営者、我が儘だが誇り高い王子、戦闘時には怪力を発揮する心優しい軍人、豪放な女傭兵隊長……「命の危険にさらされている子供がいるなら、身体を張ってでも助ける。それが俺達、大人の役目じゃないのか」という志で結ばれた彼らの協力関係がずっと続けばいいのにと読者が感じた頃を見計らうように、残酷な運命が到来する。
二巻のタイトルにあるように、これは歴史に名を残すことのない「無名の英雄」たちの物語である。その決着はハッピーエンドとは言い難いけれども、それは彼ら自身の選択の結果であるため、静かな哀しみとともにどこか爽快さをも漂わせる。(百)